正しい後輩への接し方
青めぐろ
「彼氏に嫉妬してほしい」
「解散していいですか?」
「ここに鬼北八郎の秘酒がある。これだけの品物だから日本号に渡すか、お前に渡すか迷っていたんだが」
浮いた腰を再び下ろした同僚は、「それで、」と桃色の髪をかきあげながら言う。
「どうして燭台切に嫉妬してほしいんですか」
一応は話を聞いてくれるらしい。翡翠によく似た瞳はさっさと帰りたそうにしていたが、俺は完全に無視してこう切り出した。
「先週の土曜日、俺たちは城下町で主から頼まれて城下町で買い出しをしていたんだ。そこで実はナンパに遭ってな」
「ナンパ?」
「あぁ。燭台切が主との電話で席を外している隙に、声をかけられた」
『そのお団子、美味しいかい? 実は僕、他にもおすすめの甘味処があるんだ。良かったらこの後に一緒にどう?』
そのナンパ男はなんの断りもなく、当然のような顔をしてさっきまで光忠がいた俺の正面の席に座ってきた。
甘味処は絶品の大福パフェが有名で賑わっているとはいえ、相席するほどの混み具合ではない。
けれども他の本丸とトラブルを起こすのは良くないだろう?
だから俺は言葉を選んでこう言ったのだ。
『失せろ、不快だ』
しかし、その刀がなかなかしつこくてな。
『つれないなぁ』なんてケラケラ笑うだけで、まったく立ち去るそぶりを見せない。俺の光忠とは大違いの燭台切だった。
え? あぁ、そうだ。ナンパしてきた刀というのは燭台切光忠だったぞ。
極めた衣装だったし、やたらと身のこなしに余裕があったからな。恐らく俺と同じくカンスト組じゃないかと思っている。
まぁそんな話はいいんだ、宗三。
ここからが大事なんだが。
『長谷部くん、お待たせっ……』
『へぇ、これが君の本丸の燭台切か』
電話が終わり席に戻ってきた俺の光忠を、そのナンパ野郎は上から下までじろりと眺めた。そして、馬鹿にしたようにふんと鼻で笑ったんだ。
『ねぇ長谷部くん、こんな弱い刀とより僕と遊んだ方が楽しいと思うよ?』
あぁクソ、今思い出しても腹が立つ!
確かに今の光忠のレベルは、まだ特がついたばかりだ。しかし戦場での一振りは重く、切れ味は鮮やかで全体を見通す戦況判断も早い。今後の本丸では、必ず主戦力になるだろう刀だ。
そんな刀を侮辱した上に恋人の前でナンパを仕掛けるなんて、主の洋ドラの展開を参考にすれば間違いなく殺傷沙汰になる。
俺は慌てて光忠が刀を抜くことがないように、その手を押さえようとしたのだが……
『行こうか、長谷部くん』
煽られた光忠は全く表情を変えることなく、俺の手を優しく握って店の外に連れ出した。そしてまるで何事もなかったかのように、『主が好きなドーナツ屋さん、この近くにあるはずだからお土産で買っていく?』と笑顔で尋ねてきたんだ。
俺はうっかり空気に飲まれて頷いて、そこからまぁ、いつもの雰囲気に引き戻されて買い出しを続けたんだ。
それでな。何日かしてから気づいたんだが宗三、これは良くないと思わないか?
「良くない? なにがですか」
「ッどうして光忠は、俺がナンパされても平気なんだ! おかしいだろう!」
「それだけあの刀が大人だということでしょう」
「大人? 恋というのはそういうのが我慢できなくなるものなんじゃないか? だいたいあいつはただでさえ……」
咄嗟に口をつぐんだのは、とある足音がこちらの部屋に近づいてきたからだ。俺はすぐに宗三に「お小夜の様子はどうだ?」と尋ねる。聞かれてもいい会話に切り替えるためだ。
「……元気ですよ、いつも通りに」
「それは素晴らしい」
障子がスッと開いたかと思えば、甘い香りが漂ってきた。俺は眉をひそめて、「おい燭台切!」と鋭い声を意識する。
「部屋に入るときは一声かけろといつも言っているだろう!」
「ごめんなさい長谷部くん……美味しいお菓子が焼けたからすぐに食べてもらいたくて……」
夜色の艶やかな髪と、白磁よりずっと滑らかな肌、蜂蜜を煮詰めた瞳。そんな絶世の美丈夫に、しょげた犬の耳の幻覚が見えるのはいつものことである。
可愛い。たまらなく可愛い。
しかし先輩である俺が、そんなことを口にできるわけがない。
「甘いものは好まないと前から言っているだろう」
「でも、主に出すものだから長谷部くんにも味見してほしくて」
「……仕方ないな」
銀の盆に載っている、黄金色のマドレーヌに手を伸ばす。バターの甘い香りが鼻を抜け、口いっぱいに優しい甘さが広がった。
「これなら主にお出しして問題ないだろう」
「作りすぎちゃったから、残りは宗三くんとのお茶請けにでもしてくれると嬉しいな」
「良いだろう。宗三、小夜にでも食わせてやれ」
「……えぇ」
銀の盆を畳に置いた光忠は、「そういえば、」といま思い出したというように尋ねてきた。
「長谷部くんと宗三くんは最近特に仲良しだね」
「そんなことはない」
「でもよく部屋にいるのを見る気がする。今日は何を話してたの?」
「……戦術とか、」
「他には?」
「主が今度、現世に帰られることになっているからその打ち合わせとか……Domの多い場所になりそうだから、警備の話を……」
「そっか、長谷部くんと宗三くんどちらもDomだからね」
「……うん」
それじゃあごゆっくり、とにこやかに微笑んだ光忠が部屋を出て行く。足音が完全に消えてから、宗三が呆れたようなため息を吐いた。
「あなた、まだ燭台切にそんな横柄な態度なんですか?」
「……仕方ないだろう。恋人になったからと言って、急に態度を変えられるわけが……」
「それだけじゃありません」
――まだ本当のこと話してないんですか?
翡翠の瞳がまっすぐにこちらを見つめてきて、思わずうっと逸らしてしまう。
「……仕方ないだろう」
そう簡単に言えるわけがないのだ。
俺がSubだ、なんてことは。
◆ ◆ ◆
二千二百五年よりも少し前、人間の世界では男性と女性という性別の他にダイナミクスという分類が発生したことが世に知られるようになった。
簡単に三つに分けると、支配したいDomと支配されたいSub、欲求がないNormalという風に分けられており、人口の九割以上がNormalだ。
そして人間と同様に、刀剣男士についてもそういった性質を持つ刀がときたま現れるようになった。
刀剣男士のダイナミクスについては主に左右されるという説もあるが、詳しいことは科学が進んだ今でも詳しくは解明されていない。この本丸の主はSubであるが、百振近く顕現している刀のほとんどはNormalだ。特殊なダイナミクスを持っているのは、日本号と加州、あとは乱と山姥切国広と宗三、そして燭台切と俺の七振のみである。
『長谷部、あの男もDomなんです。忘れてはいけません。そしてあの男を嫉妬させる前にあなたがすべきことは、恋人への態度を改めること。そして、自分のダイナミクスはDomではなくSubだと正直に話すことです』
宗三の言葉が、頭の中をぐるぐると回る。恐らくそれが一番正しいのだろう。
でもそんなことができるのであれば、最初から俺だってそうしている。
冷えた手に息を吹きかけていると、後ろから声をかけられた。
「お待たせしました。レンタル彼氏のミツです」
「……依頼した長谷部だ。今日はよろしく頼む」
最近寒くなったから、と日本号から強奪した外套のポケットの中では、携帯端末の画面が白く光っている。
彼氏を嫉妬させる一番の方法、なんて顔も知らない奴の報告を信じるべきではないのかもしれない。
でも今はどうしてもこの不安を打ち消したくて仕方ないのだ。
「今から三十分後に、俺の彼氏がこの店の前を通るはずなんだ。協力者の加州が、電話でおねだりをする手はずになっている」
城下町で一番人気な持ち帰り専門の唐揚げ屋を指差せば、ミツ――病気がちな主の薬代のためにレンタル彼氏をしているらしい、武蔵国の燭台切光忠はニコニコと微笑んだ。
「分かってるよ。彼氏を嫉妬させるために、密会現場を見られた演技をしてほしいんだっけ?」
「あぁそうだ」
「余計なお世話かもしれないけど、こういうのはやめた方がいいんじゃないかな?」
どうやらこの燭台切は、いかにも燭台切らしい真面目な個体らしかった。向けられる眼差しはどこまでも真剣で、少しだけあいつにも似ている。
「うるさいな。客の依頼に応えるのがレンタル彼氏の仕事だろう」
「でもお客さんの本当の望みを叶えるのも僕の仕事なんだ。そうだよかったら」
「なんだ」
「君の彼氏が来るまでの時間、君とはその彼氏くんとの馴れ初めを聞かせてくれないかな?」
「断る。つまらない話だ」
「それなら僕は残りの三十分間、君にこんなことはやめるように説得し続けるよ」
にこっと確信犯のように微笑むミツに、たまらずはあっとため息を吐き出す。こういう強引なところは、まったくあいつに似ていないな。
「それじゃあ……時間潰しに少しだけだぞ」
奴――燭台切光忠が俺の本丸にやってきたのは、今から一年前の話だ。ちらちらと白い雪が降る、師走の朝の出来事だった。
『僕は、燭台切光忠。青銅の燭台だって切れるんだよ。……うーん、やっぱり格好つかないな』
大きな桜吹雪の中から出てきた刀は、髪色から衣装までが黒色で、まるで夜から抜け出してきたみたいだった。主は本丸発足からしばらく経つのになかなか燭台切光忠が顕現されないのを気にしておられたから、大層喜んでいた。
そんな主の姿を見られて、俺も同じように嬉しかったのを覚えている。
教育係には伊達の刀が選ばれるだろうと思っていた。が、しかしどういうわけか、燭台切自身が強く希望したとかで顕現に立ち会った俺が選ばれることになった。
俺はへし切長谷部だ。新刃であろうと容赦はしない。主に相応しい刀に育てるために、燭台切にはかなり厳しく接してきた。しかし驚いたことに、あの男は一度たりとも音を上げることはなかった。
手合わせで何度吹き飛ばされても「もう一本!」と構えてくるし、兵法書は俺が指定した部分よりずっと先まで学ぼうとするし、馬当番や厨の当番も進んで引き受ける。
それに加えていつだって、「長谷部くん! 長谷部くん!」と目をきらきらさせて後ろをついてくる。
そんな後輩を可愛いと思わないやつなんているだろうか? いや絶対にいないはずだ。
だから告白されたときだって、俺にしては珍しく素直に受け入れた。
「仕事に支障がでない範囲なら構わない」とな。
……奴がDomだという話も、そうかと一言で引き受けたんだ。
……でもそのとき、俺の方もダイナミクスを聞かれてしまってな。
あいつの前ではいつでも格好いい先輩でいたかった。
それで、だから、Domだと嘘をついてしまって……。
「長谷部くんは、その彼氏のことが大好きなんだね」
「……うるさい」
「ただなかなか心の内を正直には話せない、と」
かわいいところがあるんだね、と笑う男はまるで兄のように柔らかな眼でこちらを見ている。
「素直に言えば良いのに。きっと君の彼氏なら受け入れてくれるよ」
「それができたら苦労しない」
「ははっ、へし切長谷部っていうのはみんなそういうところがあるのかな」
琥珀のような瞳に、なぜか切ないようなものを見る色が混じった。もしかしたらこの男は俺以外のへし切長谷部に、と思ったところで考えを止める。
金で結ばれた関係で深入りするのは野暮というものだ。
「おいミツ、約束の時間だ」
こんなに遠くからでも、刀がごった返す夜の通りでも、俺ならすぐにあいつを見つけられる。濡羽色の髪は、夕暮れの光を受けていつもよりもいっそう美しく艶めいていた。
光忠は段々とこちらに近づいてきて、そしてゆっくりと足を止める。
「長谷部くん、隣の刀は知り合い?」
こてんと首を傾げる姿に、俺は慌てたようにこう言い訳した。
「違うんだ、燭台切ッ! これはその、ただのレンタル彼氏で! 付き合ってるとかじゃないんだ!」
「そうなんだ」
「へ?」
「ところで長谷部くん、そのレンタルの彼とはあとどのくらいの時間を過ごす予定?」
「あ、えっと、たくさん……?」
「そっか。今日の夕餉はカレーの予定で、加州くんの希望で唐揚げのトッピングも早い者勝ちで付けようと思っていたんだけど。間に合いそうにないなら、僕から歌仙くんに話を通して、」
「嘘だ、すぐに帰る!」
本丸でカレーが出る夜、食堂は戦場と化すのである。出遅れたものはルーとご飯が一対九になるのは周知の事実で、日没と共にカレーの匂いが本丸中に漂い始めるとみなの目が殺伐としてくる。
「じゃあ一緒に帰ろうか、長谷部くん」
光忠が出してきた手を、当然のようにほぼ無意識できゅっと握る。そのときようやく、レンタル彼氏であるミツの存在を思い出した。
「す、すまんミツ。そのな、今日がまさかカレーの日とは知らず……お金はきちんと時間分、後で振り込むから」
「問題ないよ。それじゃあ素敵な彼氏によろしくね」
ひらりと片手をあげた男は、あっさりとその場を立ち去る。しかし、最後になぜか不思議な言葉を言い残した。
「僕は最初から反対してたから、そう睨まないで」
にらむ?
俺はあいつを睨んでなんていないのだが、どういうことだろうか。
しかしそんな疑問も、光忠の「唐揚げ、長谷部くんが必要だと思う分だけ注文しようか」という題を与えられたことによってかき消された。
本丸にいる百振近い刀たちの食欲を想定して、数を決めるというのは本当に難しいことなのだ。だからうんうんと唸ってなんとか数を決めて、十キロ近い重さの唐揚げを二振で手分けして持ち帰り、ついでに頼まれた厨の手伝いをして、カレー戦争に参加し、敗北し、こっそり他の刀から唐揚げを分けてもらい(だいたい乱が分けてくれる)、風呂に入って寝床についてから、俺はようやく気づいた。
彼氏に嫉妬してもらおう大作戦が、完全な失敗に終わっていることに。
「こうしてはいられん」
俺は布団を蹴飛ばして、廊下をぱたぱたとひた走る。そして勢いよく障子を開けて、「まんば!」と部屋の主の名を呼んだ。
「相談がある」
「今が何時だと思っているんだ」
「……すまん」
「とりあえず茶を入れる。夜の廊下で身体が冷えただろう」
そう言って立ち上がるまんばは、茶葉を急須に入れながら「なにがあったんだ」と優しい声で尋ねてきた。
そう、だから今日はまんばの部屋を選んだのだ。
日本号の部屋に行けば『お前が素直じゃないのが問題だ』と怒られるだろうし、宗三も同じようなことを言ってくるだろうし、加州は『もう押し倒しちゃえば?』とかめちゃくちゃなことを言ってくるだろうし、乱は『粟田口みんなで協力してあげる』とか事を大きくしてくるだろう。
だからやはり今日は、まんばの部屋を選んで正解だ。
「実は光忠のことなんだが、」
そう切り出した瞬間、寒気のせいかぶるりと身体が震える。ついでにくしゃみまで飛び出せば、まんばは慌てたように「とりあえずそこに入って温まれ」と畳の上の布団を指さしてきた。俺はありがたくその申し出を受けて、布団にくるまらせてもらおうとしたのだ、が……
「それは駄目」
布団よりもずっと温かな手が、俺をすっと抱き上げる。ふわりと鼻をくすぐるのは椿の甘い香りで、この香を好む刀を俺は一振しかしらない。
「しょ、しょくだいきり……!」
「山姥切くん、悪いけど長谷部くんは返してもらうよ」
まんばの返事を聞くことなく、燭台切が部屋を出る。障子を足で開けるなんて乱暴な仕草を、この男がしているなんて信じられない。
「み、みつただ」
「なあに」
「お前、その、なんか怒ってるか……?」
「そうだね、怒ってるというより、」
――嫉妬してるかな。
光忠はひどく低い声で、ぞわりと耳元で囁いた。
「嫉妬? ッやっぱり、お前今日のレンタル彼氏に、」
「あれは長谷部くんが何か考えてしたことでしょ? それで嫉妬はしてないよ。……ちょっと、威嚇はしたかも?」
「じゃ、じゃあ何に嫉妬してるんだ?」
「分からない?」
赤い唇が弧を描く。今までに見たことがない種類の、光忠の表情だ。
あぁでも、これと似たものなら見たことがある。
主のお好きな洋ドラで、――主人公に銃を向ける男がこんな風に笑っていた。
「みつただ、」
そこから先の言葉は、深い口づけで塞がれた。貪るようなそれで頭がくらくらしているうちに、甘い香りが漂う部屋へと連れ込まれる。
殺風景な俺の畳部屋とは違って、洒落た細工の西洋家具ばかりが揃っている部屋。
――光忠の、部屋だ。
「長谷部くんが意識してる相手はまだいいんだ」
背中に当たるのは真っ白なシーツで、スプリングの軋みが聞こえる。布団よりベッド派なんだ、と無邪気に笑っていた後輩はもうどこにもいない。
「問題は君が意識していない相手だよ。しかもDomの連中ばかり、気の知れた仲だからって密室に入れて。無防備にもほどがあるよ」
光忠が、がじりと俺の鎖骨をかじる。甘い痺れがじんとお腹の下まで広がって、これはまずいと必死に叫んだ。
「ま、まて光忠! おい、俺は先輩だぞ! こういうのは、俺が主導権を、」
「知ってる。だから今までずっと、可愛い犬でいてあげたでしょ? 僕を叱るときの長谷部くん、いっつも僕が可愛くてたまらないって顔してたもの」
そこまでバレていたのか。青ざめる俺に向かって、聡い獣はとろけた声で呟く。
「でももう我慢できないから、――STRIP」
鼓膜に音が届いた瞬間、手が自分の帯へと伸びていく。ほどけていくそれを信じられない気持ちで見つめれば、後輩は狂犬の眼差しで笑った。
「今から僕が、君の危機意識を塗り替えてあげる」
そこからはもう、すさまじかった。俺は何度も快楽を与えられ、命令されては気持ちよくなり、褒められては気持ちよくなり、とダイナミクスの本質を嫌というほど知ることになった。どうやら光忠は俺がSubだ、なんてことはとっくに見抜いていたらしい。けれどもずっと待っていたそうだ。俺の心の準備ができて、きちんと危機意識を持って恋人として行動するようになるのを。
「これでよく分かったでしょ。Domがどれほど恐ろしいか」
夜が明けたのと同時に、光忠は自らが脱いだ衣服へと手を伸ばす。どうやらこれで終わりらしい。
「これに懲りたらもうあの刀たちの部屋に入り浸るのはやめてね。君にも向こうにもその気がないって分かってても彼氏としては心配で……って、話聞いてる?」
「お前、俺のこと好きなんだな。嫉妬も、ちゃんとしてるんだな」
「当たり前だろう」
がしがしと頭を掻きながら、光忠がため息を吐く。
後輩らしくない反抗的な態度だ。セックスも優しいというよりは激しいものだったから、こっちが本性なのだろうか。まぁ普通のDomはここまで身体中に鬱血の跡はつけないだろうしな。
いくら洋ドラ好きの主とはいえ、流石にこの姿を見せたら卒倒されてしまうだろう。しばらくは袖が長く足も隠せるような服を着るように気をつけなければ。
「長谷部くん。今回のことでよく分かっただろうと思うけど、僕は重度のDomだ。幻滅されたくなくて今まで我慢してたけど。…………もし、君が別れたいなら」
言葉の続きを飲み込むように、光忠の唇をがぶりと噛みつく。かすかに血の味がするのと同時に、ぞくぞくと背中を這い上がるこの衝動はなんだ。
俺は顕現したときから、欲求が薄めの個体だと思っていた。だからこそ自分のダイナミクスもこいつに隠し通せると思っていたわけだが……。真実はまったく違ったらしい。
「お前とお揃いで、俺も重度のSubのようだ。……あと、」
――後輩にめちゃくちゃにされるのは悪くなかった、とあまったるく囁けば、琥珀の眼に燃えるような熱が浮かぶ。
悪い犬がじゃれつくせいで再びシーツの海に沈みながら、俺はゲラゲラと声をあげて笑った。
「先輩を危ない道に引きずりこみやがって。しっかり責任を取ってくれよ」
自分を取り繕うことなく、素直に感情も欲もぶつける。
どうやら俺がもっとも恐れていた行為こそが、後輩にとっては一番正しい接し方になりそうだった。