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Because of you

かな

「俺、相手役やりましょうか」

 綺麗過ぎるほど綺麗な子。それが彼の第一印象だ。

 

 日曜日の昼下がり。カフェで話し込んでいた僕と鶴さんの間に突然、謎の美青年が現れた。驚く僕らにニコリと蠱惑的な笑みを浮かべ、隣に座る。

「聞こえちゃったんです。しつこく迫られて困っているんでしょう? 上司の娘と、同僚の男と、それから今年の新人と、入社したときからの先輩と…… あと、なんでしたっけ。あ、そうだ。大学のサークルで一緒だった女」

 僕が鶴さんに相談していた悩みの種を、美青年は指折り数えていく。そう。彼の言うとおり僕は困っている。こういうことに、あと何回人生の中で対処していかなくてはいけないのだろうと思うと気が滅入る。

「断っても引かない。好きな人がいるから。も、ダメ。恋人がいると言えば、実物を見るまで信じない。……ミツボウさん、変なSubに好かれるんですね」

 すみません、アイスコーヒーおかわり。と、ホールスタッフを呼び止めて、美青年は氷だけになっているグラスを下げさせた。空になったガムシロップ容器ふたつが紙ナプキンに包まれている。甘い物が好きなのだろうか。

 鶴さんは金色の目を爛々とさせた。面白いことになってきたと言わんばかりにニッと笑う。

「まぁ、光坊はただでさえイイ男だし、その上Domだからなぁ。男女性以外の、もうひとつの性 ―― DomやSubと言った性を持つ人間は少ない。Subの彼ら彼女らにとって、光坊は人生で二度と出会えない運命の相手なんだろう。ところで、キミはSubかい?」

 そういう店でもないのに、いきなり人の性を尋ねるなんて失礼だけど、他人の会話に突然割り込んで来た青年にとっては、気にならない質問らしい。

「えぇ、俺はSubです。ちょうど良いでしょう?」

 青年はフンと鼻を鳴らす。勝ち気な吊り眉と若干の垂れ目。健康的で血色の良い肌と、几帳面に真ん中で分けられた煤色の髪。華奢というわけでも、中性的というわけでもないのに不思議な色気を持つ美青年は、鶴さんの質問に僕を見ながら答える。

「報酬はこれくらい。もしくは、」

 美青年は片手でグーを作った。十万円ということだろうか。五人が僕を諦めてくれる金額としては、むしろ安いくらいだ。

「もしくは?」

 先を促した僕に、美青年はツイと身を乗り出した。

「俺の恋人になる」

「あっははははは!」

 鶴さんは膝を叩いて、面白い! 面白い! と、お腹を抱えた。一方、美青年は鶴さんの態度なんてどこ吹く風。落ち着いたままだ。

「ミツボウさんを狙う人間が五人から一人に減るんだ。メリットには違いないでしょう?」

「そうかなぁ。僕を狙う人が一人増えたというデメリットにしか感じないんだけど」

 ため息を吐いた僕に、美青年は生意気に笑う。

「そう思うなら、俺への報酬は『金』を選択すればいい。俺はミツボウさんを五人からバイバイさせてやる。そして、金を貰ったら俺もミツボウさんからバイバイです。俺は未練たらしいタイプじゃないんでね」

 長谷部国重。

 そう名乗って右手を差し出す彼の手に、少し躊躇ったものの「よろしく」と応じた。お金で解決できるなら、まぁいいかと思ったのだ。恋人は不要だが、彼の言うとおり偽りの恋人役は必要だ。

「僕は、燭台切光忠」

 光忠。と長谷部くんは僕の名前を口の中で転がした。甘い飴でも舐めるかのように。

「長谷部クン、キミ、年齢は?」

 鶴さんが尋ねる。

「二十一」

「学生かい?」

「あぁ。大学生だ」

 若いねぇ。と、鶴さんは腕を組んでウムウムと頷いた。確かに若い。僕は今年三十三になるし、鶴さんは僕よりも更に二つ年上だ。

「よろしくな、光忠」

 仮初めの若い恋人は、睫にかかる前髪をサラリと揺らし、僕を甘く見つめて笑った。

 

 

    ◆ ◆ ◆

 

 

 待ち合わせのカフェに着くと、長谷部くんは巨大な苺パフェを食べていた。

「それ、すごいね」

「だろう?」

 縦長のパフェグラスから飛び出した苺が、アイスと生クリームで補強されてタワーになっている。

「これでも半分まで減ったんだ」

「これで半分!?」

 へぇ。と感心する僕に、長谷部くんが笑う。白い歯を見せてイッと笑う顔は悪戯好きな男の子のようで、真顔の時には綺麗過ぎるせいか近寄りがたい印象さえ持たせる彼を、随分と幼く見せる。

「光忠は、甘い物は好きか?」

 仮初めとはいえ恋人なので当然なのだが、一回り以上年の離れた若い男の子に「光忠」と甘い声で呼ばれると、なんだか恥ずかしい気持ちになる。敬語のない、恋人としての会話だ。

「普通かな。チョコレートやケーキも食べるけれど、甘党ってわけじゃない」

「へぇ。じゃあ、スイーツバイキングとかは無理か」

「元は取れないだろうね。それに、甘い物とか脂っこいものをたくさん食べると胃もたれするんだ」

「ハハッ。オッサンみたいだな」

「事実、僕はオッサンだからね」

 長谷部くんはパフェをパクパクと食べ進めていく。細い身体のどこに入っているのだろう。スッと伸びた背筋は、まるでお茶を点てているかのように凜としている。

「今日会うのは、光忠が大学時代に同じサークルだった女だよな」

「うん。大学時代に一度デートしたことがある相手だ。何度か告白されて、その度に断っていたら、諦める代わりに一度でいいからデートをしてくれって言われて。 ……まぁ、今こうなっているわけだけど」

「単純にヤバいな。光忠が三十三ってことは、大学を卒業してから十年以上経っているだろ。っていうか、なんで連絡取っていたんだ? ブロックするなり、着信拒否すればよくないか」

「一回デートした後からは、本当に迫られることがなくなったんだ。本当に諦めてくれたのだと思っていたんだよ。大学卒業後に連絡を取ったこともない。ところが、二年前に仕事の取引先担当者が変わってね、それが彼女だったってワケ。『感動の再会』って彼女は言っている。『運命』なんだって」

 ハァ。とため息交じりの僕に、長谷部くんが「あーん」と言って、苺とクリームの乗った匙を差し出した。

「えっ……」

 食べろと言うことだろうけれど、こういうのには少し抵抗がある。誰かの食べさしとか、無理なタイプなのだ。

「食べろよ。窓の外に、俺を殺しそうな顔で睨んでくる女がいる。……見るなよ」

「……あーん」

 ぱくり。

 眉が寄りそうになりながらも、仕方なく長谷部くんに食べさせてもらう。甘い苺とクリーム、それに少しのバニラアイスが口の中に広がった。

「うん、まぁ…… 美味しい」

「だろう? この苺、甘いよな。甘酸っぱいじゃなくて、甘いんだ! クリームの甘さにも負けてない。って言うかこのクリームも、甘いけれどサッパリしていて全然しつこくない。このパフェはレベル高いぞ……!」

 キラキラと目を輝かせてパフェを力説する彼に、思わず笑ってしまう。ハハッと声に出して笑うと、長谷部くんは嬉しそうに微笑んで、チュッと唇だけで投げキスを寄越した。アイドルみたいだ。しかも妙に上手い。手慣れているというか……

「さて。このパフェを食べたら待ち合わせの場所に向かうかぁ~」

 もう一口食べるか? と、苺とアイスの乗った匙が僕の前に差し出される。

「あーん」

 しょうがない。パクリと匙を口に含む。

「ハハッ。嫌そうな顔」

「分かっていてするんだね……」

 底が溶け始めたパフェを、長谷部くんは「コーンフレークが染み染みになったところも美味い」と言って平らげにかかる。

 僕はチラリと窓の外を見た。先ほど彼が言っていた『殺しそうな目で見てくる女性』らしき女の人は見当たらない。

「ねぇ、さっきキミが言っていた、窓の外からキミを睨んでいた女性はまだいるの?」

 長谷部くんは、何のことだとばかりに「ん?」と首を傾げると、「あぁ、あれのことか」と言って笑う。

「あれは俺の嘘だ。ああ言えば、光忠がアーンしてくれるかなと思って」

「ちょっと長谷部くん!」

「あははは」

 一回りも年下の男の子にからかわれた!

 してやられた。と頭を振る僕に、長谷部くんは満足そうにフフフと笑った。

 女性との待ち合わせ場所は西新宿。彼女には、僕の恋人をひと目見ることができたなら納得して諦めると言われている。

「光忠、ごちそうさま」

「まぁ、カレシだからね」

「ハハッ。じゃあ、次回は俺が光忠の分を出す。俺も光忠のカレシだから」

 カフェを出るとスルリと手を繋がれた。眉間に皺が寄りそうになりつつ、仕方がないと納得して握り返す。隣を歩く『恋人』が、僕より少し背が低いくらいの青年だということに不思議な気持ちがする。長谷部くんは鼻歌でも歌い出しそうなほどゴキゲンで、小さな子どもと手を繋いでいるような気持ちにさえなるけれど、彼は全然小さくないし、しかも女の子じゃない。

「子どもがそんなこと気にしなくていいんだよ。それに、キミはまだ学生だろう」

「ムッ。恋人を子ども扱いするな。俺は子どもじゃなくて、光忠のコ、イ、ビ、ト」

 繋いでいる手をグッと持ち上げられて、腕と体の間にできた隙間に潜り込んでくる。僕の腕を自分の腰に回し、甘えるようにピッタリとくっついた。

「長谷部くん、歩きにくいよ」

「ふふ~、いい匂い」

 スンスンと匂いを嗅がれる。まるで大きな犬だ。見上げてくる笑顔がなんとも悪ガキで、甘い気持ちというよりも(仕方ないなぁ)という保護者目線になってしまう。それでなくとも、僕は彼を綺麗だとは思うもののそれ以上の感情はないんだ。触れられて嫌な気持ちにはならないけれど、こんな往来の場でひっつかれるのは恥ずかしくて嫌だ。

「ダメだよ」と優しく言っても素知らぬ顔でくっついてくる彼に、ヤレヤレと小さくため息を吐く。

 こうなったら仕方がない。

「長谷部くん、〈STOP〉」

 ピタリ。

 長谷部くんは動きを止めた。まるで天啓でも受けたかのようにパチリと大きく瞬きをして僕を見上げ、それからソロリと僕の肩にくっつけていた頬を離す。その目がだんだんと、期待に煌めいていく。

「うん。いい子だね。〈GOOD BOY〉」

 ちゃんとできた子には、ちゃんと褒めてあげる。コマンドを出すのは久しぶりだったけれど、ちゃんと伝わってよかった。

 長谷部くんの頬が徐々に色付いていく。唇の端をムズムズとさせ、トロリと目元を緩ませた。僕に褒められて嬉しいのだろう。Subは、Domからのコマンドに従った結果として労われることで強い充足感を得るのだから。

「ふふふっ。セーフワードを決めないうちからコマンドを使うとは思わなかった。光忠って案外強引なんだな」

 フワフワと笑い、スキップしそうな軽やかさで長谷部くんが僕をからかう。

「それは、ごめん」

「いい。嬉しいから赦す」

 やがて一足歩くごとにジワジワと僕の身の内にも充足感が広がる。僕の、Domとしての満足感だ。DomはSubを支配することで欲求が満たされる性だ。自分の中に確かにあるDom性が、長年抑制剤で押さえつけられていたところに滴ったリアルなSubからの信頼に歓喜している。

 あぁ。どんなに抑制剤で押さえつけていても僕はやはりDomだ。

 満たされながら絶望を感じる。本能がSubを求めているなんて認めたくないのに。

 繋がれている手の指先が、長谷部くんの親指の腹でヨシヨシというように撫でられる。これではどちらが甘やかしているのか分からない。

「光忠、嬉しそう」

 長谷部くんが僕の目を覗き込んでニヤリと笑った。

「コマンドを出したのは久しぶりなんだ。普段は抑制剤を飲んでいるから」

「俺も嬉しい。光忠がちゃんと褒めてくれたから」

 安心する。と、長谷部くんが言う。

「なぁ、光忠。セーフワードを決めよう。俺がお前の恋人でいる間は、時々コマンドを出して欲しいから。お前にとっても、抑制剤を飲むよりいいだろう? あれは副作用もある」

 長谷部くんからの提案に僕は頷いた。抑制剤には幾つか種類があって、色々試した結果、今のものを飲み続けて十年になる。それでも、服用すると頭が痛くなったり身体が重くなったりする。頓服だから毎日ではないし、薬で生活に支障が出るわけではないけれど、あの憂鬱な数時間から解放されるというのは魅力だ。

「性的なことでなくても、今みたいなコマンドは使えるだろう? まぁ、俺は性的なことでもいいけど」

「しないよ」

「してみればいいのに」

 シレッと言う彼に、僕はため息をひとつ。

 

 待ち合わせ場所は、西新宿の高層ビル群の交差点にあるパブリックアートだ。LOVEという文字を象った大きな彫刻作品で、待ち合わせの目印として使われている。日曜のお昼過ぎ、LOVEの周りには待ち合わせをしている人がたくさんいるけれど、約束の彼女はまだ来ていない。

「光忠、このLOVEのVとEの間を、身体を触れずに通り抜けできたら無病息災になるらしいぞ」

「えぇ~、そんな奈良大仏殿の柱の穴通り抜けみたいな御利益あるわけないでしょ」

「バレたか。本当は恋愛成就だ」

「いや、無いでしょ!」

 アッハハと長谷部くんが笑う。初夏の白い太陽の光が彼の健康的な肌をキラキラと輝かせる。周りの人の視線が長谷部くんに集まっている。そりゃそうだろう。こんな綺麗な青年、なかなかいない。

「それにしても待ち合わせ相手、遅いな」

「そうだね。約束の時間はとっくに過ぎているのに……」

 携帯を確認すると、いつの間にか相手の女性からメッセージが届いていた。

「あっ、連絡が来てる。『急用ができたから行けなくなった』って」

「なんだ、つまんないな。見せつけてやろうと思ってたのに」

 LOVEのVの隙間から、長谷部くんはフンッと鼻を鳴らす。

「光忠、ここから入ってこっちに来て」

 長谷部くんが僕を手招きする。

「なぁに。僕に通り抜けて欲しいの?」

 VとEの間にある隙間だ。ふぅむ。オブジェが大きいから、少し屈めれば僕でも通り抜けることはできそうだ。長谷部くんのお願いに従って、頭をぶつけないように注意して通り抜ける。

「ちゅっ!」

「こらっ!」

 出口で僕を待っていた長谷部くんが、「ちゅっ」と言いながら顔を近づけてきた。それを僕はヒョイと避ける。

「あぁ~、避けられたぁ」

「当たり前でしょ」

「光忠が屈めばイケると思ったのにー」

「それが狙いだったの?」

「まぁな」

 まったく油断も隙もない。ボヤく僕にフフッと不敵に笑い、「じゃあ、帰るか」と僕の腕を掴む。駅まで送っていけと言うことだろう。

「もう帰るの?」

「もっと俺と一緒にいたいか?」

「いや、別にそういうわけじゃないけど」

「そこは、俺ともっと一緒にいたいって言えよ」

 長谷部くんはサクサクと歩きだす。形の良い綺麗な後頭部を見ながら、僕は彼に付いて行く。

 不思議な子だ。

 彼は僕のことを好きだと言うが、一体どこまで本気なのだろう?

 カフェで突然僕の恋人になりたいと言ってきて、逆恨みされる危険だってあるのに仮初めの恋人になって、いざデートをすれば僕とイチャつこうと仕掛けてくるくせに、ミッションがなくなった途端こんなにもアッサリ帰ろうとする。

「じゃあな、光忠。また連絡をくれ」

 改札手前で繋いでいた手をあっさりと解き、長谷部くんは振り返ることなく駅構内へと消えていった。取り残された僕の耳に、遠く電車の到着を告げるアナウンスが聞こえる。彼はあの電車に乗るのだろうか。

「さて…… と」

 予定外に空いた時間を何に使おうか。僕も踵を返して歩き始める。

 僕の恋人に会わせろと言っておきながら待ち合わせをドタキャンした彼女が、長谷部くんの背中を追いかけてスルリと改札を抜けていったことには、気が付かなかった。

 

 

    ◆ ◆ ◆

 

 

「こんにちは、長谷部くん」

「こんにちは、光忠」

 二週間後の日曜日。待ち合わせのカフェに着くと、長谷部くんは無花果のパフェを食べ始めるところだった。

「ここの無花果パフェ、去年から気になっていたんだ」

 待ち合わせ場所は長谷部くんからの指定だ。どうやらパフェ目的で待ち合わせ場所を決めているらしい。

「今回のパフェは、なんだか芸術作品みたいだね。アイスが宙に浮いている」

「そうなんだ! ちょっと大人な雰囲気だよな。アイスとクリームがドカドカ盛られているパフェも好きだけど、こういう細かい仕事がたくさんされているパフェって、贅沢だよな~」

 なんとかのグラニテ、だとか、なんとかのコンフィとか……。目をキラキラとさせながら一生懸命説明してくれるのを、「うんうん」と頷きながら聞く。僕自身はパフェにさほど興味がないけれど、とにかく長谷部くんはこれが好きなのだということはよく伝わってくる。運ばれて来たブレンドの珈琲を飲みながら、食べていないのに口の中が甘くなってきたなぁ、なんて思う。そういえば、今日はアーンをしなくていいのだろうか。

「あっ!」

「ん? どうしたの」

「夢中で食べていたから、光忠にアーンするのを忘れてた! しまった……」

 ほとんど食べ終わりになってから気付いたらしい長谷部くんが、心底ガッカリという表情をするから思わず笑ってしまう。

「あはははは」

「この美味しさを光忠と共有したかった……」

 心なしか前髪の元気もなくなって、ペションとしょげる姿がおかしい。だからだろうか、口から言葉が自然と出ていた。

「じゃあ、また今度共有させて」

「あ、あぁ! 次は絶対光忠と共有する!」

 誰かが口を付けたスプーンを口に入れるなんて苦手なはずなのに、こんなことを自分が言うとは驚きだ。この場に鶴さんがいたら、「こりゃ驚いた!」と叫んでいただろう。

「今日の相手は、同じ会社の先輩と新人だよな。同日で二人」

「そうだよ。僕が新人の頃からお世話になっている先輩と、今年の新人。先に先輩の方、その後に新人の方。よろしくね」

「新人がしつこいのも面倒だが、先輩がしつこいって最悪だな。一歩間違えばパワハラだ」

「はは……」

「世話になっているから強く拒絶もできないし、これからも同じ職場で働く相手、か。穏便に諦めてくれたらいいな」

 行くか。最後の一口を丁寧に味わって、長谷部くんが席を立つ。「あれ?」と伝票を探すので、会計は終わっていると告げるとポカンと口を開けた後で真っ赤になった。

「光忠、お前そういうとこ……」

「ふふっ。カレシらしいでしょ?」

「うん、カレシらしい。……ごちそうさま」

「いえいえ。ふふふ」

 鶴さんが人を驚かせるのが好きな理由が、少し分かる気がする。意表を突かれた時の、長谷部くんのポカンとした顔は可愛かった。二十一という年齢を聞けば成人した大人という括りになるのだろうけれど、さっきの顔はもっと幼く見えた。高校生くらいの、コドモに。

 

 

    ◆ ◆ ◆

 

 

 長谷部くんとの三度目の待ち合わせは、天井からたくさんのドライフラワーが吊り下げられている可愛らしさ満点のお店だった。食用の薔薇で飾られたパフェは綺麗以外の言葉がないくらいで、天体のような丸いチョコレートムースは半分に切られて中から見える真っ赤なフランボワーズが鮮やかだ。

「これは凄い」

 ガラステーブルの内側にも造花がビッシリと埋められている。そこかしこが花だらけで、造り付けの棚に置かれた小鳥やウサギの置物と相まって目の前に座る長谷部くんはまるでディ○ニープリンセスのようだ。なるほど、これが所謂『映え』なのか。確かにこれは写真を撮って人に見せたくなるだろう。僕の場合、本当に好きなものや場所は教えたくない性格なので、記録として写真をとることはあっても『映え』を理由として写真を撮ったことはない。感心する僕をよそに、長谷部くんはパフェの写真を二枚ほど撮るとパクムシャと食べ始めた。

「あ、長谷部くん。このパフェ、サービスでアマレットも付けられるみたいだよ」

「アマレット?」

「アーモンドリキュール。お酒をパフェに合わせるなんて、お洒落だね」

 メニューの端を指さして、「頼む?」と尋ねる。長谷部くんは「うーん」と少し悩むそぶりを見せたけれど、すぐに「今日は止めとく」と首を振った。

「今日は気合い入れないといけないから」

「気合い…… 女性に会うより、男性の方が?」

「あぁ」

 そういえば、今日の長谷部くんは前回までとは少し雰囲気が違う。今までは綺麗カジュアルな雰囲気だったのに、今日の彼は大学生が少し背伸びをしたブランドの服でモードにキメているし、心なしか……

「お化粧している?」

「してる。そういうのが好きな友だちに頼んだんだ。眉毛を整えたりフェースパウダーとリップ程度だが。ちょっとキラキラしているだろう?」

 僕は頷いた。今までも、毛穴もシミもない綺麗な子だなと思っていたけれど、今日の彼はラメと言うのか、なんだが肌がキラキラとしていて眩しいというか…… 神々しい?

「俺たちのDom、Subという性別。それから女性、男性という性別。どちらも超えられないものだ。だから俺が光忠の恋人だと分かったときに、先日の女性たちは『燭台切さんは男性が好きなんですね』って言ったんだ。多分、自分自身を諦めさせるために。俺が彼女たちと同じ女性のSubだったなら、もっと拗れたかもしれない。だけど今回は違う。相手は俺と同じ男性で、Subだ。気合い入れてきた。『絶対適わない』って、戦意喪失してもらいたいから」

 僕は驚いた。驚き過ぎて、胸が少し苦しくなったくらいだ。今までパフェを食べる時は幸せ全開で眉毛もへにゃりとしていたのに、なぜか今日はキリリとした眉を崩さないなぁと、実は少し気になっていたのだ。飄々としていて生意気で、常時『それが何か?』みたいな態度の彼が、もしかして緊張しているのか。あの、長谷部くんが。

「……なんだ、その顔」

「どんな顔?」

「意外って顔」

 少し唇を尖らせて、長谷部くんはむくれる。

「だって意外なんだもの。キミ、僕のことを好きとは言うけれど、どこまで本気なのだろうって思っていたから」

「全部本気だよ。最初からずっと」

 クッと唇の端を上げて、僕を小馬鹿にしたように長谷部くんは笑う。

「そんなことも分からないのか?」

「あはは。ソレだよ、ソレ。いつもの長谷部くんだ」

 いつもの長谷部くんだ。少し苦しかった胸が落ち着いて、僕はホッとする。

「ひとくちちょうだい? 〈GIVE〉」

「いいぞ。はい、アーン」

 自分からねだるパフェの一口。長谷部くんは甘いところと苦いところ、甘酸っぱいところがバランスよくひと匙に乗るようにパフェを掬って食べさせてくれる。

「美味しい」

「ふふっ。美味いよな」

 上手にできただろう? と期待に煌めく眼差しに見返りを。

「〈GOOD BOY〉 ありがとう」

 僕に褒められて嬉しそうに頬を緩ませる彼を微笑ましく思う。Subからの信頼に、僕のDomとしての欲求が満たされるのが分かる。僕との仮恋人期間が終わったら、長谷部くんはどうするのだろう? 僕のようなDomに声をかけるのだろうか。それとも抑制剤を使うのか……

「光忠、あれから職場ではどうだ? 俺という恋人がいたことで、悪いことにはなっていないか?」

「大丈夫だよ。むしろ今までよりも職場環境が良くなった。先輩も新人の子も、周りへの不要な牽制をしなくなったからね。部の雰囲気がピリピリしたものになっている原因が僕だと思うと、申し訳なくて肩身が狭かったんだよね」

 ありがとう。と言うと、長谷部くんも「よかった」と安心したようだ。

「そういえば、大学時代に同じサークルだった彼女――前々回に当日ドタキャンした彼女のことだけど――… 先日、転勤が決まったと連絡があったんだ。だからもう、彼女に会ってもらう必要はなくなったよ。メールで今までのことを謝られた。それから、恋人の――… 長谷部くんにも謝っておいて欲しいって」

「へぇ」

 ピスタチオのアイスクリームを匙に乗せたまま、長谷部くんは「分かった」と、やや間を置いて言った。心なしか少し、また眉毛をピンとさせて。

「じゃあ、あとは今日の男と、上司の娘のふたりだけだな」

「そうだね。よろしく」

「あぁ。任せておけ」

 少し冷めかけた珈琲に僕も口をつける。長谷部くんという仮恋人とのデートも、今日を含めてあと二回。これが終わって彼にお金を払えば、もう二度と会うこともないだろう。それを何だか、もったいないと思ってしまう。

 恋愛感情を彼に抱いたわけじゃない。と、思う。多分、彼とするコマンドのやり取りが心地良いからだ。副作用もないし、身体の関係を持たないで欲求が満たされるから。

 世の中には、恋人ではなくコマンドを出し合うパートナーとして付き合うという関係もある。だけど、僕に恋愛感情を抱いている長谷部くんにその提案をするのはフェアではない。これが終わればお金を払ってサヨナラ。

 それが一番、後腐れのない良い選択だと分かってはいるのだけれど。

 

 

    ◆ ◆ ◆

 

 

「よっ! 光坊。あれから例の美青年との関係はどうだい? キミを狙う五人からは、ちゃんと諦めてもらえているのかい」

 金曜の夜。鶴さんに誘われて居酒屋で乾杯をする。

「うん。長谷部くんは凄いよ。長谷部くんを恋人として紹介した後、それでも迫ってきた人は今のところいない。四人に諦めてもらった。あと一人だけだ」

「へぇ! そいつは凄いじゃないか。初めて会った時の印象だと――ハセベクンは確かに綺麗だが――反感持たれたりしないかなと、心配していたんだ」

 トウモロコシの天ぷらに塩を付け、僕も頷く。

「僕も同じように思っていた。容姿は綺麗過ぎる程に綺麗な子だけど、結構ズケズケとものを言うタイプだし…… 相手からも『本当に恋人なの?』って、疑われるんじゃないかと思っていた」

「疑われなかったってことかい」

「うん。皆、すんなりと信じてくれた。目の前で手を繋いでいたわけでもないし、証拠にキスをしろなんて言われたりもなかった」

 枝豆をピッと飛ばして、鶴さんは「へぇ!」と目を丸くする。

「まぁ、今まで散々光坊は彼らにお断りをしてきたんだ。彼らも、光坊とどうにかなれると本気で思っていたわけじゃなくて、もはや意地だったのかもしれんな。引くに引けなくて、諦める理由が欲しかったのかもなぁ」

 長谷部くんを紹介された時の、彼らの反応を思い出して、僕も「そうだね」と頷く。皆一様に驚いていたけれど、少しホッとしたようにも見えたからだ。

「まー、あれだ。光坊に恋人がいるということは、不幸な期待を最初から抱かせずに済むという点でいいことなのかもしれん。どうだい? あの彼に、本当の恋人になってもらうってのは」

 僕はハハッと笑いとばす。鶴さんは肩を竦めて「そうかい」と苦笑した。

「そういえば先日、貞坊の病院に付いて行ってやった時に――ほら、貞はサッカーの試合で筋をやっちまっただろ

――ハセベクンに会ったぜ」

「長谷部くんに、病院で?」

 鶴さんの言う『貞坊』とは、彼の弟だ。彼には血の繋がらない兄弟が何人かいて、まぁ、少し家庭が複雑なのだけど、兄弟仲は良く、僕も親しくさせてもらっている。

「長谷部くん、何か怪我でもしていたのかい?」

「いやまぁ、正確に言うと病院じゃなく、病院でもらった処方箋を持って訪れた薬局でハセベクンに会ったんだ。向こうも俺を覚えていたみたいで動揺していたなぁ。でな、光坊、俺は思うんだが…… まぁ、キミたちは本当の恋人じゃないわけだが、仮恋人の間、少しでいいからコマンドを出してやったらどうだい?」

「えっ」

 僕は驚いた。どうして鶴さんがそんなことを言うのだろうと思ったけれど、この話の流れからすると……

「長谷部くんが貰っていた薬が、抑制剤だったってこと?」

「そうなんだ。まぁ、聞くつもりはなかったんだが、薬の名前が聞こえてきてしまってな…… しかも結構強いものだった。多分、今までも抑制剤は服用していたんだろうけれど、それまでの薬よりも強いものに変えたばかりだったようで、薬剤師の人が何度も使い方を念押ししていたんだ。一日二錠以上は絶対飲むなって」

「……」

「俺たちも通ってきた道だから分かるだろう? 若いうちは性欲も強い。三十半ばの俺たちとは違って、ハセベクンはまだ二十一だ。性欲を無理に押さえ付ける抑制剤は、成分が強いほど副作用も強い。セックスをしなくても精神的なもので満足するカップルがいるように、Dom Subが求める欲求も、必ずしもセックスが必要なわけではない。好いていない相手を抱いてやれとは言えないが――それでSubドロップを起こしたら大変だしな――当たり障りのないコマンドくらいなら、してやってもいいんじゃないかと思ってな」

「それは……」

 ショックを受けた僕を見て、鶴さんは僕が彼にコマンドを出すことを嫌がっていると思ったようだ。

「悪かったよ。俺が口出すことじゃなかった。忘れてくれ」

「あぁ、うん……」

 パッと話題を明るいものに変えた鶴さんに曖昧に返事をしながら、僕の心には黒い靄が渦を巻いていた。長谷部くんが仮恋人になってから、僕たちは軽いコマンドのやり取りをしている。GIVEとかSHOWとか、セックスで使うようなコマンドを日常生活のレベルまで落とした、ごく軽いものだけれど。

 指示をして、それを受け、やり遂げたことを褒めて、満足感を得るという一連の流れ。

 長谷部くんにコマンドを出すようになってから、僕は抑制剤を飲む必要がなくなった。長谷部くんも満ち足りているように見えた。だから、僕たちはそれで満足している

――… と、思っていた。

 だけど、そうじゃなかった。違ったんだ。長谷部くんにとっては、足りなかった。

 今まで服用していた薬を強いものに変更しないといけない程の欲求不満を抱えたまま、僕の与える、おままごとレベルのコマンドで幸せそうに笑っていたんだ。

「……エラそうな態度で振る舞っているように見えて、長谷部くんって実は、一途で健気なのかもしれない」

 鶴さんは片眉を上げた。

「そうだとしたら、損な性格だ」

「うん。本当に、ね」

 心の黒い渦に一条の光が射す。段々と、気づけて良かった、という気持ちが湧いてくる。

 もしかしたら、彼は隠し事が上手いのかもしれない。鶴さんが偶然薬局で長谷部くんと会っていなかったら、僕は今も、彼が強い抑制剤を飲んでまで自分を押さえ付けていることに気付かなかったし考えもしなかっただろう。彼ほどの美人ならば、強い抑制剤で自分を押え付けなくてもパートナーは選び放題だろう。恋人じゃなくてもいいから彼にコマンドを出したいDomはたくさんいるはずだ。……そんなことをしていそうな態度だった。僕に声をかけてきた彼の、最初の印象は。だから彼の言う「恋人になる」という言葉も本気かどうか分からないと思ったし、そんな態度だからこそ、「まぁいいか」という軽い気持ちで彼の提案に乗ったのだ。

 相手が軽い気持ちならば、軽い気持ちで応じてもいいだろう、と。

 

 それが全て、僕に応じさせるための演技だと、したら?

 

 

    ◆ ◆ ◆

 

 

「今日の相手って、若いんだな」

 桃がこれでもかと乗ったパフェを綺麗にたいらげた長谷部くんが、紙ナプキンで口を拭いて言った。長谷部くんに恋人役になってもらう相手は、今回が最後。相手は上司の娘だ。

「うん。たしか長谷部くんと同じくらいの年だよ。ハタチを超えたばかり…… だったかな。上司というのは、今は大分昇進されて部署も違うんだけど、僕が社会人一年目だった頃の部長なんだ。大きなお家でお庭も広くてね、部下を自宅に呼んでバーベキューをしたりするのが好きな人で…… そこで僕は見初められたってわけ」

「へぇ~」

「今は部下を自宅に招くとか、そういうことする人って少ないだろうけど、少し前まではよくあったんだよ」

「へぇ~。時代~」

 茶化したように笑う彼に苦笑する。

「僕が新人だった頃の話だから、もう十年以上も前だ。当時の彼女もまだ小学生だったし、僕を含めた同期のことを、パパがお家に連れてきたお兄さんお姉さんたちとしか思っていなかったと思う。小学生の子どもが『お兄さん、お兄さん』って懐いてくれるものだから、素直に嬉しいと思って色々と遊んであげたんだ。そしたら、部長を介して手紙をくれたりとかして…… まぁ、小学生の子どもがくれたお手紙だし、可愛らしいものだったけど、もらいっぱなしも悪いなと思ってお返事を書いたら、またお手紙が来て――――…」

「それでズルズルと」

「そうだね。部長からも、娘がせがむからってお家への招待が結構あって、毎回断るのも悪いから何度か招待を受けて…… それで、今、こうなっている、と」

 ハァとため息を吐いた僕に、今度は長谷部くんが苦笑した。

「まぁ、小学生の子どもに十年恋されるとは思わないよな」

「思わないよ……。今も小学生の頃の彼女が頭にあるんだけど、今や彼女も成人した女性なわけだし、いいかげん諦めてもらわないと、ね」

「そうだぞ。俺は浮気を許さないタイプの恋人だから、な」

 テーブルの上に置いていた僕の手に、長谷部くんの手が重なった。

「俺に任せておけ」

 男らしく言ってのける彼に、僕は目を細める。僕よりも十以上年下の、今日会う彼女と同じような年齢の男の子が、僕のことを守ってやると言っているのだ。

「お願いします」

「あぁ」

 綺麗に口角を上げて自信たっぷりに頷く彼のこれは、僕を安心させる優しさなのだろう。全くもって、分かりづらい。

 胸が温かくなるのを感じる。彼の、この分かりにくい本気の恋は僕でなければ成就しないのだということを、少しだけ、嬉しいと思い始めている。

 

 

    ◆ ◆ ◆

 

 

 待ち合わせ場所に着くと、彼女は既に着いていて僕たちを待っていた。公園のシンボルにもなっている大きな噴水の周りは広く開けていて、日曜の昼下がり、多くの家族連れやカップルで賑わう中、ひとりで立っていたワンピース姿の女の子が僕たちを見つけて軽く手を挙げた。

「光忠さん、来てくれてありがとうございます」

 最後に上司のお家で会った時よりも大人っぽくなった彼女が頭を下げる。『いらっしゃあい! こんにちわぁ!』と、キャッキャはしゃいでいた子どもの彼女を知っているので変な感じだ。

「そちらが……」

 僕を見つけて頬を染めた彼女が、隣に立つ長谷部くんを見るなり目を瞬かせる。僕の恋人が男性だということは、伝えていなかったからだろう。

「紹介するね。恋人の長谷部くんだ。キミの気持ちは嬉しいけれど、僕が愛しているのは彼で、彼以外の人とお付き合いする気はない。分かってもらえたら、嬉しいな」

 僕の隣で控えていた長谷部くんが綺麗な微笑みと共に頭を下げる。

「長谷部です。はじめまして」

 彼女の口がワナワナと震える。長谷部くんの顔を凝視して、数回口をパクパクとさせた。驚き方が普通じゃない。同性が恋人ということに偏見があるのだろうか。

 自分を落ち着かせるように彼女はキュッと一度唇を引き結び、やがてゆっくりと、震える声と共に口を開いた。

「長谷部…… 長谷部、国重くん…… ですよね」

 えっ。と、今度は僕が驚く番だ。長谷部くんも同じように驚いたのか、微笑みを消して彼女を見つめる。

「……私、光忠さんのことがずっと好きでした。私は子どもで、相手にしてもらえないのも分かっていました。どんなに好きと言っても、ちゃんとフッてくれる光忠さんが好きでした。子どもの私を子ども扱いして、恋愛対象にしないところが好きでした。なのに……」

 彼女の双眸から涙がボロボロと溢れる。そして失恋の悲しみというよりも、怒りを含んだ声で彼女が叫ぶ。

「それなのに、恋人が高校生だなんてガッカリです! 失望しました! そんな人だとは思わなかった!」

「えっ」

 彼女が何を言っているのか、僕は理解できなかった。長谷部くんが高校生? 何を言っているんだ。

「もしかして知らなかったんですか? だったら光忠さん、騙されています。彼は私のことを知らないだろうけれど、私は彼を知っています。私が高三の時に首席で入学してきた子です。綺麗でミステリアスで、学園の中で知らない人はいないくらいの有名人です。軽音部の彼が文化祭で歌った時には、アイドルのコンサートみたいに体育館がうちわとペンライトで溢れました。そうだよね? 長谷部国重くん」

 キッと彼女に睨み付けられた長谷部くんの顔は、可哀想なくらいに青くなっていた。勝ち気な眉が、苦しそうに歪んでいる。

「……はい」

 絞り出された返事に、僕の胸が痛くなる。突き動かされたように、僕は長谷部くんの手をパッと取った。しっかりと手を握る。長谷部くんの指先は夏だというのに冷たくなって、震えていた。

「教えてくれてありがとう。ここから先は僕たちの問題だ。気をつけて帰って」

 唇を噛んで彼女は歩き出す。

「光忠さん、」

 十歩ほど歩いたところで立ち止まった彼女が振り返る。

「念のために伝えておきます。長谷部くん、Domですよ」

 年齢を偽るくらいなら、性も偽っているかもしれないので。と言って、彼女は今度こそ振り返らずに去っていった。

「ごめんなさい……」

 俯いた長谷部くんの表情は分からない。コンクリートの地面に、ポツポツと滴が濃く滲む。

 胸が堪らなく痛い。騙されていたことではなく、自分を偽ってまで僕に恋をしていた長谷部くんの一途さに、僕は感じたことのない愛おしさを感じていた。

 

 

    ◆ ◆ ◆

 

 

「大丈夫かい?」

 僕たちは大噴水から少し歩いたところにある日本庭園のベンチに腰掛けている。長谷部くんはずっと俯いたままだ。ぐんぐんと気温を上げる夏の庭園。江戸時代初期に作られた石垣の向こうには、都会のビルが並んでいるのが見える。

「長谷部くん、移動しようか」

 このままでは熱中症になってしまう。声をかけた僕の手を、長谷部くんが掴む。

「嫌だ」

「長谷部くん、」

「嫌だ! 〈RED〉! 嘘を吐いていたのは俺が悪いけど、それでも、こんな最後なんて嫌だ……」

 長谷部くんの目からまた、涙が溢れてボタボタと落ちた。

「だから光忠、俺に聞かないで…… 俺の年齢も、なにも、かも」

 REDは、僕たちが決めたセーフワードだ。Subの限界を知らせる合い言葉。プレイの最中であっても、この言葉を言われたら、Domはそのコマンドを中止しなくてはいけない。

「長谷部くん、僕はコマンドを使って言わせるつもりはないよ」

 長谷部くんの震えは止まらない。無理に言わせるつもりはないと伝えても、安心はしてくれないようだ。それにしても心配になる。震えが止まらないことも、指先が冷たいままだということも…… もしかして、

「長谷部くん、キミ、サブドロップしているんじゃ……」

「えっ」

 長谷部くんが顔を上げて、僕はやっと彼が今どんな表情をしているのかを見ることができた。酷い顔色だ。こんなに暑いのに唇の血色は失われて紫がかり、目の光は喪失して暗く濁っている。やはりこれはサブドロップだ。と、僕は確信する。僕を失うことを恐れて、不安と恐怖で自分をコントロールできなくなっている。

 先ほどの彼女は長谷部くんのことをDomと言った。それが本当ならば、今まで長谷部くんが僕のコマンドを受けて幸せそうにしていたことは演技だったということになる。だけど、目の前で青ざめている彼のこれが演技だとは僕には思えない。DomならばむしろGlareを出して「聞くな」と僕を威嚇する場面だろう。

 やはり彼はSubだ。たとえ彼本人が「自分はDomだ」と言ったとしても。

「長谷部くん、少しの間頑張ってね」

 僕は彼を抱き上げた。サブドロップした長谷部くんには「止めてくれ」と暴れる気力もないようだ。一八〇センチ近い長身の彼をお姫様抱っこするのは、もう若くはない僕にとって正直キツイところもあるけれど、それでも火事場のなんとやら、だ。

 公園を出てすぐにタクシーを拾い、僕は自宅の住所を告げる。気を失いかけている長谷部くんを抱えながら、僕たちのこれからを考える。全然好きではなかった、契約上の恋人との、これからを。

 彼が最初に「五人からバイバイさせてやる」と言った通り、僕を狙っていた五人は、どんな形であれ僕を諦めてくれた。今日の彼女が最後の一人。これで彼とは契約満了だ。だから僕は考えなくてはいけない。このままお金を払って長谷部くんとの恋人関係を解消するのか、それとも。

「恋人をサブドロップさせてしまうなんて、僕はDom失格だなぁ……」

 呟いた僕の腕の中で、長谷部くんが僕を見上げていたことには気付かなかった。

 

 

    ◆ ◆ ◆

 

 

「気分はどう?」

 自宅のリビング。ソファに座る長谷部くんに温かなココアを渡す。夏だというのに冷たいままの指先が、温まればいいと思いながら。

「もう大丈夫です。……ごめんなさい。色々と」

 サラサラと揺れる前髪が、俯いた彼の目を隠してしまう。頬の血色がほんのりと戻った長谷部くんの頬に手の甲を添えて、こちらを見るようにと誘導する。怯えたような表情で僕を見る彼に、胸が細い針で刺されるような痛みを感じる。強気で奔放な彼が、僕に怯えるなんて切ないじゃないか。

「長谷部くん、〈KNEEL〉。できるかい?」

「……」

 頬に手を添えたままコマンドを出すと、長谷部くんは美しい目をパチリと一回瞬いてコクリと頷いた。ココアをそっとローテーブルに置き、ソファから立ち上がるとラグの上へペタリと座り、僕の膝にコテンと頭を寄せる。僕は彼の頭を優しく撫でる。

「〈GOOD BOY〉 よくできたね。いい子」

 ゆるり。長谷部くんの唇が緩む。吊り眉をへにゃりと下げて、甘えるように僕の膝に頬を押しつける。僕は殊更丁寧に、優しく頭を撫でてやる。時々耳の後ろをひっかき、顎の下を擽ってやる。

「〈GOOD BOY〉」

 何度も GOOD BOY と繰り返す。長谷部くんの身体から徐々に強張りが抜けていく。長谷部くんは躊躇いながらも、僕の膝に手を置いた。身体全部で僕にもたれかかるように。

「長谷部くんは、どうして僕を好きになってくれたのかな」

 少しの沈黙。

「聞かせて」

 僕からのお願いに、長谷部くんは僕の膝に頬をあててグリグリと押しつける。

「光忠は、五年ほど前に街で子どもを助けた時のことを覚えているか?」

 ポツリ。動きを止めて、呟くように長谷部くんは言った。

「五年前?」

「渋谷の、明治通り近くだ」

「あっ」

 場所を言われて思い出した。五年前、渋谷の明治通り辺りで体調を悪くして蹲っていた子どもを介抱したことがある。子どもは、その日初めて抑制剤を飲んだのだと言っていた、小学生くらいの、男の子。

「もしかして、」

 僕の方を見ないまま、長谷部くんは頷いた。

「俺だ。十二歳検診でDomと判明して、それでも特に困ったこととか、自分のことをDomだと自覚するような何かがあったわけじゃないんだけど、中学受験のこともあって、親に抑制剤を予め服用していた方がいいと言われて、その日初めて飲んだんだ。それが体質に合わなかったみたいで…… 我慢していたんだけど、街中で倒れてしまって」

 よく覚えている。あの日は営業先から帰社する途中で、人通りの多い道で人々が何かを避けていくので何だろうと思っていたら、それが苦しそうに胸を押さえて蹲る子どもだったのだ。驚いたし、周りの大人の無関心さに腹も立った。子どもはGlareを出していた。威嚇のようなものだ。周りにいた人は、だから関わりたくないと思ったのかもしれない。だけど、あのGlareはきっと、苦しさゆえの無意識だ。誰かを攻撃しようとして出しているものではなかった。それに、Glareと言っても子どもの威嚇なんて可愛いものだ。極端なSubがそれを恐れるならば分かるけれども、あれだけの数がいて誰一人助けないなんておかしいじゃないか。せめて救急車を呼ぶとか、そういうのはできるはずだ。

『大丈夫かい』

 子どもに駆け寄り、僕は救急車を呼んだ。そして、フーフーと苦しさに耐える子どもに付き添って病院まで行ったのだ。

「病院で気がついた時には、もう光忠は帰っていた。うちは父も母もNeutral だ。両親からは、一人息子がDomと診断されて、自分たちとは違うと過剰に心配してしまった。と、泣いて謝られた。自分たちと同じになって欲しくて、無理にでも押さえつけて、Dom性を閉じ込めてしまいたかったって。でも、それは間違っていたって…… 言っていた。光忠が父さんたちに話してくれたんだろう? DomもSubも、独立した性ではないってことを。程度の差があるだけで、誰しもDom Sub両方持っている。無理に押しつけるのは、俺を否定することだって」

「……僕はね、自分の性に悩んだ時期があるんだ。あの時は、それをキミに重ねてしまっただけだよ」

 長谷部くんはゆっくりと僕を見上げた。僕の膝に顎を置き、撫でて欲しいと甘えるように膝に頬を擦る。僕は彼を撫でる。ちゃんと甘えることができてエライね。と、褒めるように。僕を信頼している姿に、涙が出そうなほど胸が温かいものでいっぱいになる。嬉しいと思う。もっと甘やかしてしまいたいと、本能が叫んでいる。

「カフェで光忠を見つけた時――俺が光忠に声をかけた時のことだ――俺は、一世一代の勝負に出た。五年の間、心にずっと抱いていた淡い恋が激しく燃え上がるのを感じた。今を逃せば、もう二度と人生がクロスすることはないかもしれない。そう思ったから、俺は二十一歳になり、Subになった。……光忠、嘘を吐いてごめん。だけど、もう一度人生をやり直すことができたとしても、俺はきっとまた同じ嘘を吐く」

 長谷部くんの目から涙が溢れて、僕のズボンを濡らす。僕は彼の形のいい後頭部を撫でる。僕は、彼が二十一歳のSubだから仮恋人になった。彼が高校生のDomだと知っていたら、絶対に彼の提案を受けることはなかった。そう言う意味で、彼の一世一代の勝負は成功したと言える。

「最初はSubに見えるよう演技をしていた。だけど、俺がコマンドに従うことで満ち足りた表情を見せてくれる光忠に、俺の中で何かが変わっていった。光忠からコマンドをもらうと、またあの表情を見ることができるんだと嬉しくなった。上手く従えて褒めてもらえると、もっと嬉しくなる。演技じゃなくて、本当に」

「キミがDomだったと打ち明けてくれた今でも、僕はキミをSubだと思っているよ」

 長谷部くんは鼻を啜った。肩を震わせながら声を絞り出す。

「長期服用していた抑制剤に拒否反応が出て、病院を受診したんだ。拒否反応が出た原因は、『SubがDom用の抑制剤を服用したから』だった」

「えっ」

「稀なケースだけど、無いわけではないらしい。Dom、Neutral、Subは一続きの性だ。元々Domと言っても数値的に見ればNeutral寄りの俺は、年齢や環境によっては将来Neutralになるかもしれないと言われていた。数値がこんなに振れるのは珍しいみたいだけど。……今は、自分に合う抑制剤を試しているところだ。数値が日によって波があるせいか、なかなか合うのがみつからない」

 そうか。それで病院へ通っていた時に、鶴さんは長谷部くんを見かけたんだ。強い抑制剤が処方されていたのも、今言ってくれたことが理由だろう。

「ねえ、長谷部くん」

 僕は彼の顎に手の甲を添え、顔を僕へ向けさせる。涙に濡れた頬を拭ってやると、新たな涙が僕の手を濡らした。

「抑制剤を飲まなくてもいい方法があるよ」

「そんなこと言われたら、期待する」

「うん」

 おいで。

 手を広げた僕に、長谷部くんは立ち上がり、僕の膝を跨ぐようにソファに膝をついて座る。対面座位の姿勢。彼の背中を支えながら長谷部くんを見上げる。

「仮恋人の期間は終了した。僕はキミの恋人になろうと思う。だけど、キミが高校を卒業して成人するまで手は出しません。簡単なコマンドは出すけれど、キスもしません。……それでも、いいかい?」

 僕の頬に温かい雨が降る。

「いいのか、光忠」

「キミこそいいのかい。僕は今年三十三歳になる。これから老けていく一方だよ」

「いい。光忠が老けるなら、俺は老け専になるから」

 ふふふっ。

 見つめ合って笑う。

「性的なプレイでなくともキミを満足させるDomに僕はなるよ」

「うん。ありがとう」

 目をとろりと蕩けさせて、長谷部くんは嬉しそうに笑った。肩口にポスンと額を押しつけ、緊張が解けたように体重全てを僕に預けてくれる。

「ふふふ」

「長谷部くん、嬉しそうだね」

「だって、嬉しい。頭がフワフワする。酔っ払うって、こういう感じなのかなって、今、思ってる……」

 そういえば、パフェにリキュールをかけるか尋ねたときに「今日はいい」って断っていたことがあったな。未成年の彼はアルコールを飲んだことがないから、酔っ払ったこともないのか。っていうか、今の、この状態はもしかして……

「長谷部くん、もしかして、サブスペースに入っているんじゃない?」

「サブスペース? ……そうか。これが……」

 恍惚とした長谷部くんが「ふふふ」と肩口で笑っている。サブスペースとは、Subが相手を信頼しきった状態のときになる、いわばトんでしまっている状態のことだ。それだけ僕のことを信頼してくれているということだ。

「さぁ、戻っておいで。長谷部くん、聞こえるかい?」

 感情が地に足着いていない状態のサブスペースは、感情の下ろし方を間違えるとサブドロップまで急降下してしまうので丁寧に導いてやらなくてはいけない。優しく頭を撫でながら、ゆっくりと意識を導いてやる。

「びっくりしたぁ……」

「僕もびっくりしたよ。ちゃんとキミを引き戻せてよかった」

 しばらくして、シラフの表情に戻った長谷部くんは僕の膝から降りた。

「〈TELL〉 教えて。本当のキミのこと」

 冷めたココアを一口飲んで、長谷部くんが頷く。

「俺の名前は長谷部国重。高校三年生、十七歳。今はSub、過去はDom」

「他に隠していることはあるかい?」

「……実は、光忠のことを大学時代から狙っていたサークル女に刺された」

 はぁ!?

「えっ! 何それ! いつの話?」

「あ、いや、違うな。刺されそうになった、だ。掠っただけだ。ちょっとだけ」

「同じだよ!」

 思わず大声を出してしまった僕に驚いて、長谷部くんはビクッと肩を揺らした。僕がここまで驚くとは思わなかったらしい。いや、驚くし。だいたい、そんなことを黙っていたらダメでしょう!

「待ち合わせをしたのにドタキャンされただろ。あの日だ。光忠と別れた後、跡をつけられて」

 長谷部くんと初めて待ち合わせた日だ。恋人がいるというのが本当ならば会わせて欲しいと言われて待ち合わせをしたのに、結局彼女は待ち合わせ場所に来なかった。

「そういえば、彼女との待ち合わせ場所に向かう前、キミはパフェを食べながら『窓の外に、俺を殺しそうな顔で睨んでくる女がいる』と言っていたね。もしかして、分かっていたの?」

「まぁな。十年、何度振られてもめげないってことはストーカー気質がある。待ち合わせの場所と時間から逆算して、自分の恋敵がどんなヤツなのか探しに来そうだなと思っていた。だから、表通りからよく見える席を選んでイチャイチャしてやった」

 ケロリと、何でもないことのように言う長谷部くんに頭が痛くなる。もう…… もう…… なんて子だ!

「跡をつけて来るのは分かっていたから不意打ちってわけじゃなかったし。子どもの頃から合気道を習わされていたから、ちゃんと対処できたよ」

「できたよ、じゃないよ! もう…… もう……」

 呻く僕に、長谷部くんがオロオロとする。この子、本当に、なんで僕がこうなっているのか、本気で分かっていない!

「光忠、どうしたんだ? でも、本当に俺は怪我していないし、女も、俺が警察に突き出したら反省して、二度と光忠には近づかないって約束したから被害届を取り下げたんだ。丸く収まったと…… 思って、いたんだが」

 段々と声を小さくする長谷部くんを抱きしめる。「光忠」と慌てる彼を、咎めるようにギュッとキツく一度抱きしめて、「ぐえっ」と言わせる。

「お願いだから危ないことはしないで。キミに万が一があれば、きっと僕は暴走して、Defense行動を取ってしまう」

 Defenseとは、Domが自分のSubを傷付けられたと感じた時、周囲に対して暴力的になってしまう行動のことだ。抑制剤にはこの衝動を抑える効果もあるけれど、いざその場面になったことがないので、自分で自分を抑えることができるのか僕には自信がない。

「約束して。危ないことはしないって」

「……分かった。光忠が悲しむなら、もうしない」

「ん。いい子」

 腕の拘束を緩くして、改めて彼を抱きしめる。おずおずと僕の背中に腕を回す彼に、「いいんだよ」と囁きながら。

 

 

    ◆ ◆ ◆

 

 

「俺、相手役やりましょうか」

 仕事先の女性にしつこくされて困っている。と、ため息を吐く鶴さんに、長谷部くんが言った。

「ダメ! なんて事言うの。この子!」

 咄嗟に断った僕に、鶴さんが苦笑して「光坊も大変だな」なんて同情してくれる。

 日曜のカフェ。今や大学二年生になった長谷部くんは、高校生の頃の危うい美しさとは別方向の美しさで磨きがかかっている。

「あはは。長谷部くん、気持ちはありがたいが大丈夫だ。いざとなれば彼女の目の前で鼻毛でも出して幻滅させてやる」

「おおう……」

 さすがの長谷部くんもドン引きしている。鶴さんなら本当にやりかねない。

「いやぁ。それにしても」

 並んで座る僕たち二人に目を細め、鶴さんは笑った。

「初めて会った時には、どうなるのかと思ったけれど。キミたちの清い交際ももう二年か。あっという間だったな!」

 勝ち気な吊り眉をピンとさせて、長谷部くんは「まぁな」と生意気に笑った。

「まぁ、光忠を狙ったとて俺という恋人がいるから望みはないぞ。と、周りに知らしめてやるのに忙しくて、二年なんてあっという間だった」

「忙しかったかい」

「そりゃあもう。何せ俺の光忠はモテるからな」

 あははは! と、鶴さんは爆笑する。生意気な態度で話した方が鶴さんは喜ぶと分かっているから、長谷部くんは鶴さんの前だと敢えて生意気な態度を改めていない。僕の前ではもうすっかり、可愛い子猫ちゃんなんだけど。

「光坊、ニマニマニマニマ、締まりがないぞ」

 半分白目の鶴さんが、僕に対して失礼なことを言う。まぁ、いい。今日の僕はきっと、何を言われても許してしまうだろう。

「全くもう…… 長谷部くん、こんな男でいいのかい?」

「あぁ。光忠じゃなきゃダメだな」

「かぁ~! また惚気られた!」

 フッ。と勝ち気に笑う長谷部くんの首には、僕が贈ったプラチナのネックレスが輝いている。先日、彼のハタチの誕生日に贈ったCollarは、首の後ろに『M』の飾りがある。彼が僕のSubだという証だ。

「まぁ、何にせよ良かった。俺はてっきり、光坊は一生恋をしないと思っていたんだ」

 マンゴーがドドンと乗ったパフェが運ばれてきて、長谷部くんの目が輝く。いつものように一口、彼から「アーン」してもらう僕に、鶴さんは今度こそ綺麗な白目を剥いた。

「バカップル、バカップル……」

 よく分からない呪文を唱えだし、鶴さんは「うーん」と伸びをする。

 

「まぁ、何にせよ。良かったよ」

 

「末永く、お幸せに!」

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