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締切十日前の運命

落陽

「なん……え、先生? なんで?」

「こちらの台詞だが?」

事実は小説よりも奇なり——なんて言葉、こんな形で実感したくはなかった。

 

 おおい、と背後から名前を呼ばれて振り向く。知ってるような知らないような、特徴のない顔と服装の男が立っていた。首を傾ける僕に、慌てた様子で自分の顔を指差す。

「俺だよ、俺! 藤吉! 月曜二限でたまに会うだろ?」

 ああ、いたっけ。別に僕が薄情だとかそういうことじゃない。自分で言うのもなんだけれど苗字が相当に珍妙だからか、話したことのないような相手からも「燭台切くんだよね」なんて声をかけられるのだ。押しの強い相手に絡まれた末、怪しい健康食品を売りつけられそうに……なんてトラブルに巻き込まれて以来、こうして呼びかけられることに身構える癖がついてしまった。

「どうしたの、ずいぶん慌てて」

「あのさ、お前ってDomだったよな?」

「……は?」

 何、藪から棒に。誰にも話したことなんてなかったはずだけど、どうして知ってる?

「や、なんかお前っていかにもそれっぽい見た目じゃん? 雰囲気もさ、こう……」

 それっぽいってなんだ、と少しばかり機嫌の悪くなる僕には構わず目の前の彼は一方的にまくし立ててくる。曰く、普段良くしてくれている先輩がSub相手のマッチングアプリ派遣サービスなるものに登録していたところ、突然の急用でしばらく出られなくなったために代わりのDomを探している、といったことだった。

「そういうわけで、申し訳ないけど頼まれてくんない? 時給めっちゃ高いらしいしさ、悪い話じゃないだろ」

 わかったやってみるよ、となるはずもない。

 彼の言う通り、僕はDomだ。けれど、お医者さんの診断ミスだったんじゃないかと思うくらいにはそういった欲求が薄く、生まれてこのかた本格的なプレイなんてものの経験も知識も皆無なのだった。

「む、無理だよ。自分で言うのも情けないけど、僕、そういうの慣れてない、から……」

「またまたあ! 遊んでそうな見た目してる癖に〜!」

 失礼極まりないな君。無視して帰ったって罰は当たらないんじゃないか。

「一回! 一回だけ! お前以外に頼れる奴いねーんだよ、めちゃ稼げんのは間違いないからさ、ほら、この通り!」

「お金の問題じゃないんだけど」

「大丈夫、コマンドつっても『立って』『座って』みたいな簡単なもんらしいから! 早けりゃ三十分とかで終わるみたいだし、ほんっと、一生のお願い!!」

 両手を合わせて頭なんて下げられちゃ無下に突っぱねるのも躊躇してしまう。警戒心は強くなっても、お人好しはそう簡単に直らない。

 小さく唸って悩み、これっきりだからね、と渋々了承したのだった。

 

「やり直し」

「は、いっ……!」

 突き返された資料を受け取り、しゅんと肩を落とす。今日もダメだったかあ。

 とぼとぼ席に戻り、手元の紙束に目を落とす。曖昧だな、自信ないな、なんて思っていた所が残らず赤ペンの餌食だ。

「あ……ありがとうございます!」

 入れ替わりに課題を提出していた子から明るい声があがる。羨ましい。ちゃんと完成するのか僕の卒論は。

「……今日はここまで。最終の締切も再来週と近づいているから、各自最後まで努力を怠らないように。お疲れ様」

 チャイムの音とともにすっくと席を立ち、部屋を後にする背中を見送る。僕らのゼミを担当する先生は三十五の若さで教授の肩書きを負うすごいひと……らしいんだけど、僕の何がお気に召さないのか、ことあるごとに掃除しそびれた窓枠の埃を指ですくうお姑さん——実在するかは知らない——みたいにちくちく詰めの甘いところを突いてくるのだ。指摘の内容に理不尽なものがないだけ良心的か。

「よう、また今日もこってり絞られてたな?」

「あはは……そろそろ焦っちゃうな、合格もらえなきゃ卒業できないし」

「それなー。でもさ、俺なんてこの出来でOK貰っちまったよ。明らかにお前のより色々足りてないのに」

 なんとも答えづらく、笑ってごまかす。全体の文量や集めたデータの数、引用のルールなどにも問題はないはずで、完成度としては低くない自負もある。けれど、あのひとからするとまだまだ合格点はやれない、ということらしい。

「お前にだけやたら厳しくないか、長谷部センセ。なんかしたの?」

「やっぱりそう思う? 心当たりがないんだよなあ……」

 人間的に合わない、ってやつだと思うしかない。がんばれよ、と肩を叩く同期に礼を返し、僕も席を立った。

 飲食店のバイトから帰宅し、夕食を終えて自室に戻る。明日の予習や準備を済ませ、そういえば、と昼の出来事を思い出す。全然気乗りはしないけど、一度約束してしまったものを放り出すのも心苦しいというか、ああもう、きっぱり断っちゃえばよかったのに。

 うだうだ考えていても仕方ない。迫る「本番」は三日後、せめてお相手さんに失礼のないようにと、中学生の頃に使っていた保健体育の教科書を引っ張り出す。そうそう、プレイ中はコマンドってのを使って、お互いに安心感や満足感だったりを得るだとか、Subのひとにセーフワードを決めてもらわなくちゃいけない、とか。一回きりのこととはいえ、最低限はちゃんとしておかないとねえ、なんて自分自身に言い聞かせるようにしてページをめくる。

 それにしても、お仕置きや命令をされなきゃ逆にストレスが溜まっちゃうだなんて、なんて生きづらい体質なんだろう……などと思ってしまうのは傲慢だろうか。自分がもし逆だったら、そう考えかけて途中でやめた。

 

 

    ◆ ◆ ◆

 

 

 そわそわ部屋の中を行ったり来たり。指定された時刻は五分後に迫っていた。

 とあるホテルの一室、迎えた当日。藤吉くんから送られてきたメッセージとにらめっこしつつ、たどり着いたのが三十分前のこと。時間になれば向こうから訪ねてくるはずだから、あとは全部任せてしまえばいいらしい。どんなひとが来るのかな、どうせなら年上の美人さんだと嬉しいんだけど、なんて。

しかしまあ、そういった施設だから当たり前なんだけど枕元に避妊具なんかが置いてあったりして、嫌でも意識してしまう。

 室内を徘徊するのにも飽きたのでベッドに腰掛け、ぼんやり天井を眺めていると響くノック音。慌てて立ち上がり、扉を開ける。三日振りの顔がそこにあった。閉めかけたドアに手を挟んで阻まれる。冒頭のやりとりが発生、というわけだ。

 夢——じゃないよな、どこからどう見ても長谷部教授だ。拭えない違和感の正体は……ああ、眼鏡してないからか、なるほど。

 いや、気まずい。とりあえず部屋の中に入ってもらい、ドアを閉めて鍵をかける。僕から何か振った方がいいんだろうか、どうしよう、気の利いた話題なんて浮かびやしない!

 あの、と口を開きかけた瞬間に大きな溜息。がしがしと頭をかく先生に、何を言われるのかと身を縮こめる。

「まあ、何度も利用してりゃこういうこともあるか。よし、とっとと始めてさっさと解散しようじゃないか」

「始め……って、僕でいいんです、か?」

「選り好みは……いいや、なんでもない。後々予定を調整し直す方が手間になる」

 嘘だろ、やる気なのか生徒相手に。

「えと、僕、初めてなので、その……お手柔らかにお願いします」

 なんで僕も乗り気っぽい感じになってるんだよ。

「ああ、こういったマッチングシステムのことか。気にするなよ、誰だって初めは——」

「いえ、そっちじゃなくて……」

 かくかくしかじか、こうなった経緯をかいつまんで話す。

「プレイ未経験? ……嘘だろ、その齢でか。薬も飲まず?」

 椅子にふんぞり返りながら、珍しいDomもいたものだと値踏みするような視線が飛んでくる。居心地悪い、帰って寝たい。無理っぽい。

「そういうことなので、基本から教えてもらえると……ええと、セーフワードでしたっけ——を、まずは決めなきゃいけないんですよね?」

「そこからか。……ああ、そうだ。そいつが聞こえたら、お前は動かない。わかったな?」

 はい、と素直に頷く。行為のエスカレートによる怪我や事故を防ぐための大切な合言葉になるから、しっかり覚えておかないと。

「どうしたものかな。……じゃあ、〝Freeze〟にするか。お前はパソコンだ。いいな」

 よくないけど仕方ない。早いところ満足してもらって、この気まずい時間を終わらせてしまいたい。

「それで、あとは……」

「嫌なこと、だ。NG行為なんて言い方もするか。お互いにあるだろ、色々」

「いろいろ……?」

「俺の場合、汚いのは勘弁だな。あと痛すぎるのも。事前に確認し合って、相手が本当に嫌がることはしない」

「あ、あの、ノート取らせてもらっても……」

「ははっ」

 講義じゃないぞ、と呆れたように笑う。嘘、先生もそんな顔するんだ、なんて。初めて見る表情に、胸の変なところがざわざわする。

「……とまあ、簡単な説明はこんなものか。不明点は?」

「今のところは、大丈夫、ですかね……?」

「なんで疑問形なんだよ。コマンドの出し方はわかるよな?」

「初めてです」

「……。ま、お前にDomとしての機能が備わってるなら心配いらんか。俺は図太い方だからな、多少雑でもなんとかなるさ」

 習うより慣れろだ。そう言うと立ち上がってジャケットを脱ぎ、締めていたネクタイを緩めてこちらを見返す。早くしろ、と。

「あの、最初……って、なに、すれば、いいんですか?」

「調子狂うな。……別に、さっき言った嫌なことと、一般倫理から著しく逸脱する行為以外なら応じてやるさ」

 そんなこと言われても。意味もなく辺りを見回し、おずおず手を差し出して口を開く。

「……なんのお遊戯だ?」

「こ、これしか思いつかなかったんですよ!」

 互いの右手がぎゅっと結ばれる。コマンドでもなんでもなく「握手しましょう」と言っただけ。不服そうな顔から推すに、正解ではなかったらしい。

「言ったじゃないですか初めてだって……!」

「それにしたって何か……もっとこう、あるだろ……」

「だったら先生がリードしてくださいよ。次は何を?」

「次……まあ、お座りとか、そういうやつ、か?」

 ああ、教科書に載ってた覚えがあるぞ。なんて言ったっけ、そうだ、

「"Kneel"」

 なんだ、今の声。自分で口に出してびっくりする。明らかに単なる発声とは異なっていて、相手の心のど真ん中に語りかける感じというか、なんて言えばいいのかな、こんなことできたんだ僕、みたいな。

 僕のコマンドを認識した教授は大きく見開いた目を何度か瞬(しばた)かせて突っ立っていたかと思うと、勝気に吊り上がった眉をひくりと動かし、僕の足元にゆっくり片膝をつく。戸惑っているのか怒っているのか、いつもは散々課題や提出物に対して嫌味ったらしくケチをつけて偉そうに振る舞える相手に自分の体をいいようにされて、屈辱を感じているのかもしれない。

 たっぷり時間をかけ、ぺたんと座り込む体勢になる。

「これ、で、いいか」

 こっちが訊きたい。こんなことで本当に満足してもらえているのか、ものすごく不安だ。

「あの、ちゃんとコマンドが聞けたら、褒めてあげるんでした……よね? 頭……とか、撫でたり、しても?」

「お前の、やりたいようにすれば、いい」

「……わかりました。『Good boy』、いい子だね」

 ぽんと手を置き、髪を梳くように撫でてやる。癖のない鈍色が、僕の指に合わせて流れる。

 声もなく息を呑み、うっとりと細くなる目。見てはいけないものを見てしまった気がして、思わず引っ込めかけた手に擦り寄る頭。時間にして三秒が、やけに長かった。

 そして僕も、普段とは明らかに違う感覚を味わっていた。高揚、そう形容して差し支えはないと思う。けれど、どこか違う。嬉しいだとか幸せだとか、そんな単純で淡白な言葉じゃどうにも足りない。

 もっと深くて、濃くて、どろりとしていて、甘い。一度舐めれば、病みつきになるような。

 しょくだいきり、と名前を呼ばれて我に返る。濡れた藤色が僕を見上げていた。

「もっと」

 熱っぽい声。縋るようなまなざし。しゃんと背筋を伸ばして教壇に立ち、隙のない話し口で機械みたいに授業をこなす、お堅くて融通の利かない教授——勝手に抱いていた印象から大きくかけ離れた、本能に忠実な姿。

 この世界において、僕なんかより地位も名声もずっと上の立派なひとが進んで自己を委ね、それを悦んでいる。社会の荒波に揉まれたこともない、こんな若造に支配されたがっているのだ。神様もいい趣味をしている。

「もっと、ですか? じゃあ、お手、なーんて……」

 苦し紛れに向けた掌に、自分よりも少し低い体温が重なる。寸毫のためらいもなく差し出された手。長い指。驚くと同時に綺麗な女爪だなあ、なんて呑気な感想が浮かぶ。

 できたぞ、とでも言いたげにうっすら口端を上げる。えらいね、と返して首元をさすってやればされるがままで幸せそうにまばたき。漏れた声は小さくとも、僕の理性を突き崩すには十分だった。

 もっと。

 もっとこのひとを、僕の手で、声で、全部で満たしてあげたい。望むものをすべて与えて、気持ちよくさせてあげたい。

 一方通行じゃない。こうしてSubとしての性を肯定して褒めてあげることで、僕の心まで満たされてゆくのがわかる。Domの持つ本能ってこういうことかと、生まれて初めて理解する。

 それと同時に感じたのは恐怖だった。このまま行為を進めれば自分自身に歯止めをかけられなくなって、このひとを傷つけてしまうんじゃないか。いざという時のセーフワードがきちんと機能するかも疑わしい。けれど、でも、僕は。

 ぽかりと口を半開きにしたまま、こちらを見つめるふたつの瞳。にこりと微笑みかけて立ち上がる。あ、とあがる寂しげな声は気にしないでベッドに乗り上げ、床でへたり込んだままのSubを呼ぶ。

「"Come"こっちにおいで」

 二足歩行すらも億劫だったか赤ちゃんのように四つ足で這い、波打つシーツをかき分けて僕の前までやって来る。Good、と声をかけ、背を撫で上げれば堪え切れなかったように抱きついてくる。

「わっ、」

「は……っ、あ、なんで、足りない、おれ、なんで、こんな」

 当惑と水気をたっぷり含んだ目が僕の視線を受け止めて揺れる。よほど欲求を溜め込んでいたのだろうか、だったら全部吐き出させてあげないと。そうでなくとも社会人が大変なのは、家で父さんが愚痴るのをよく聞くから知っている。

「まだ欲しい? ……なら、そうですね」

 茹だる頭、芽吹く好奇心。僕で癒されてくれるなら、なんて真っ当な動機に、自分の欲望を叶えてみたいという不純な心が滲み出す。ダイナミクスの本能こそ希薄かもしれないけれど、性欲は人並みにあるわけで。

 捨てられた子犬のようにくんくんと鼻を鳴らし、施しを待ちわびる体がぴくんと震える。悩むふりで焦らし、ゆっくりと動かした指でくちびるを差す。

「ここに"Kiss"できますか」

 先生はいい子ですもんね、なんて囁いてみればとろけた顔で何度も頷き、首元に腕を絡めて口付けられる。思っていたより柔らかくて、あったかくて、煙草のにおいがほんの少し。僕も興味本位で手を出してみたことがあるけれど、煙たくてとても飲み込めたものじゃなかった。

 何度か繰り返すと、物足りなさそうに薄く口を開いて誘われる。吸い寄せられるように顔が近づいて、ちゅぷりと唾液が鳴る。

「ん……っ」

 くぐもった声。絡む舌が熱い。細い腰に腕を回して抱き寄せ、さらに深く求め合う。待って、キスってこんなに気持ちよくて満たされるものだったの? 

 はふ、と息を継ぎ、夢中で僕を貪る先生。かわいい、なんて一瞬でも頭に浮かんでしまった自分が信じられないような、変に納得できてしまうような。

 目を閉じて、はしたのない触れ合いに溺れる。やわい粘膜が擦れる度に、じんと痺れるような感覚が少しずつ集まってゆく。

 不意に僕を抱きしめていた手がするりと落ち、布を押し上げていた局部へと伸びる。無意識に漏れていた声にはっとなって、反射的に腰が引けた。

「勃ってる、か?」

「……自分でも驚いてるんですけどね」

 いたたまれなくて目を逸らす。ある程度なら生理現象だなんてごまかしも利くのだろうけれど、今この状況においてはあなたに欲情しています、と言っているも同じなわけで。

 ふうん、と気のない声。見なかったふりで流してくれることを期待していたのに、その手が止まる気配はない。

「ちょ、なに、してるんですか、その触り方、やめ」

「あ……♡また、かたくなった、な? 俺も、からだ、うずいて……んっ♡おたがい様……だから、はずかしくないぞ」

 僕の股間をいじりながら楽しそうだ。小悪魔、なんて言葉が頭をよぎる。このまま主導権を奪われるのはなんだか悔しくて、低い声で相手の目線を誘導する。

「先生、"Strip"」

 ひくんと肩が跳ね、愛撫の手が止まる。

「な……っ、くそ、お前」

「隠しちゃダメですよ。ぜーんぶ、僕によーく見せてくださいね」

 全部ですよと念を押せば、眉間に浅く刻まれる皺。嫌そうな顔がまたいい。

「性格悪いって言われたこと、ないか?」

 にやりと口許を歪め、視線をこちらに向けたままゆっくり見せつけるようにまとった服を脱ぎ去っていく。衣擦れの音が、やけに耳についた。

「……待って。それはそのまま」

 ソックスガーターの留め具を外そうとしていたのを制し、指示通りに動きを止めた先生をまた褒める。羞恥の表情がじわじわと喜悦に侵されてゆくさまに、今の今まで自覚すらしなかった嗜虐心が首をもたげる。

 力なく垂れる手を取り、ほとんど裸になった体をじっくりと鑑賞する。露わになった陰茎は確実に体積を増し、透明な蜜を滴らせていた。

「あっ……あ、しょくだい、きり、おれ、ちゃんと、できた……っ」

「ふふ、お利口さん。僕のも脱がせてくれますか?」

「あい♡」

 いいお返事と共に覚束ない指先がかりかりとシャツのボタンを引っかく。少しばかり手間取りながら僕を裸に剥くと、もどかしげに内腿を擦り合わせて待てのポーズ。完全に僕の言いなりだ。

 手を伸ばし、喉をくすぐるように撫でる。それだけでまた先走りが溢れ、悩ましげな声がだだ漏れになる。

「いい子。しばらくそのままで、ね?」

 よいしょっと膝で立ち上がり、お座りしている先生の鼻先へと望むものを近づける。

「ふ、うっ♡あ♡ん〜〜ッ、あ、あぇ♡おっきい……♡えへ、ぇ……♡」

 落ちた涎が白いシーツに染みを作るのにも構うことはなく、お預けを食らった犬のようにへらりと舌を垂らし、それでも僕の言いつけを守っている。どうしよう、おかしな性癖に目覚めてしまいそうだ。

「まだですよ、もう少しだけ。……ふふ、えらいなあ先生は」

 次第に荒くなってくる息。限界まで焦らせばどんな顔を見せてくれるのかな、なんて。そろそろ可哀想だし、この辺にしておこうか。

「よくできました。それじゃあ"Lick"できるかな?」

 僕がコマンドを出すが早いか、がぱりと開いた口の中へと迎えられ、火傷しそうなほど熱い肉が包み込んでくる。いやらしく這う粘膜の感触が手に取るようにわかって、一気に鳥肌が立った。

「んぅ、う♡れろ、んじゅ♡んっ♡ん〜〜♡ちゅ、うぅ♡はぁ、っ……♡おいし♡あ、もっと♡あむ♡」

 上目遣いの視線を飛ばされながら舌でカリの辺りをしごかれ、思わず声が出る。どれくらいの人数を相手にしてきたんだろう、とでも考えて気を紛らせないと、すぐにでも達してしまいそうだ。

 固く奥歯を噛み締める。無性にいらついて、後ろ頭を押さえつけ思うさまに口内を犯す。汚れちゃってるんだから上書きしてやらないと……って、今、何を考えた?

 別にこのひとは僕専用のSubじゃないんだから、そんなのは気持ちの勝手な押し付けでしかない。わかっているのに自分を止められない。苦しげな声が短く漏れ聞こえてくる。やばい、興奮する。

「……っあ、せんせい、出る、いく……っ」

 薄紫の瞳を嬉しそうに細め、決壊寸前だった先端を甘噛みされる。目の前が真っ白になって、がくりと膝が笑った。

 品のない音を発しつつ、最後の一滴まで啜り尽くされる。揺れる腰に取り付き、幼い子供が甘いお菓子でも味わうみたいな顔で排泄されたものを取り込んでいく。

「まっ、て、無理……しないで、口、はなして」

「んく♡……んっ、ん……はあっ、あ♡のんだら、もっと、ほめてくれるかなって、んぅ♡おもった、から」

 がんばった、と舌ったらずに言って口を開く。白い歯と赤い粘膜ばかりで、僕の粗相はどこにも残っていなかった。

 ぞわり、背を覆う鳥肌。膨れ上がる仄暗い歓びを圧し殺し、優しい声と顔を作る。

「……ん、うん。全部ごっくんできたねえ、すっごくいい子。えらいえらい」

 両手で小さな頭を抱え、動物でもかわいがるみたいに撫でくり回す。心から幸せそうに目許を緩め、恍惚とした細い声が漏れ聞こえる。くそ、腰にくる。

「うぁ、あ♡うれしい、ほめられた、うれしい……っ♡あ、もっと、なでて、んっ♡いいこって、いわれたら、あたま、ふわあって、しあわせ、きもちくなる」

 あまりにも無邪気に放たれるよろこびの感情。叫び出したくなるのをどうにか堪え、額に口付けをひとつ。

「はぁ……っ、あ、しょくだいきり、あ、たりない、ねえ、まだ、もっと、おれのこと、すきに、してほしい」

「好き、に、ですか」

 こんなの、契約外だ。

 わかってる、僕が頼まれたのは簡単なコマンドを出して、軽く褒めてあげることだけ。なのに、僕のDomとしての本能が先を求めている。このSubを自分のものにしろと、目覚めた欲が喚き散らす。

「……ん、そうだね。がんばった先生にはご褒美あげなくちゃ。欲しいもの、ありますか?」

 なおもいきり勃つ股座に釘付けの視線が、僕の声に反応してこちらを向く。かと思えばまたすぐに戻り、何かを訴えるように開閉する口。みなまで聞かずともだけれど、僕は性格が悪いそうだからちゃんと説明してもらおう。

「なあに、教えて。先生の欲しいものは?」

「ひっ♡うぅ……っ♡これ、この、おちんぽ、入れて、なか、ずこずこって、されたい♡おねがい♡」

 だらりと垂れ下がる眉尻。雄を誘い惑わせることに慣れきった笑みに、初物の僕が勝てるはずもなく。

「これ、入れたいの? 僕の童貞、貰ってくれますか?」

 即断で縦に振られる首。ふざけて惜しむふりでもすればたちまち押し倒されそうだ。

「どうせなら単位と交換ってことで」

「んぅ……っ♡たんい、は、やらん、けどぉ……っ♡おまえの、童貞は、もらう♡んっ♡はぁ……っ♡♡」

 手強い。与えてはくれないくせに貰う気は満々だなんて、本当にわがままで欲張りなひとだ。

 嬉々として仰向けに寝転がり、服従を誓った狼のように腹を見せて股を開く。上がる息を懸命に噛み殺し、期待に爛々と目を光らせる。確かこういう体勢は"Present"で命令できるんだっけ。必要なかったみたいだけど。

「いまから、ほぐすから……な♡ちょっと、まて♡……っは、あぁ……っ、んっ、ん」

 溢れ出るカウパーを指にまとわせ、そのままお尻の穴に挿し込んでゆく。ゆっくりと出入りを繰り返す指に合わせて鳴きながら、僕の視線を嬉しそうに受け止める。

 こうして他人のそんな場所を見る機会なんて早々ないけど、こんなにいやらしいものなのか、とか。今更だけど、どうして男相手にその気になってるんだろう僕ってば。

「んっ、ん♡あぁ……っ♡はぁ、はあ……っ♡」

 三本もの指を受け入れ、ぬちゅぬちゅと生々しい音を立てて慣らされていく肉壺。こくりと唾を飲み下し、張り詰めた剛直をなすり付ける。

「せ、んせい、あっ、ぼく、もう……!」

「あぁ♡ぅ、待てって、いった、のに♡しかたないな、ほら♡いれさせてやるよ♡」

 きもちいぞ、と入り口に指を引っかけて僕を煽る。欲しがっていたのはあなたの方でしょう、なんて言い返す暇も惜しく、息を詰めて己をねじ込む。あっさりと侵入を許された肉が、ずぶりと最奥までを満たした。

「……は、あぁ、あ♡♡はーっ♡どーていちんぽ、はいった、ぁ♡♡んっ♡おっきい♡♡あは……っ、あッ♡♡しゅごい♡おくまで、いっぱい……♡♡ふあ♡あ゛〜〜ッ♡♡♡」

「っ、あ、なんだ、これ」

 未知の何かに体の芯を掴まれる。熱い、熱い。薄い肌を直接炙られでもしているかのようだ。全身の神経が下腹に集まる錯覚。だらしのない声が細く長く尾を引く。

「んぉ、ッ♡♡なに♡なんで♡♡入れただけ、なのに♡♡あぁ……っ、はぁ、はぁ……っ♡あっつい♡かたち、はっきり、わかる……♡ちんぽきもちい、もっと、もっと、うごいて♡♡あ♡そう……っ、じょうず♡」

 両手で膝裏を抱えながら身をくねらせて喘ぐ先生。愚息を食む熟れたぬかるみが咀嚼でもするみたいにうごめく。残らず搾り取られそうな動きに、目を細めて耐え忍ぶ。

 ゆるりと律動を開始する下半身。無意識だった。

「……あ、」

 せんせい、すっごく、気持ちよさそうな顔、してる。

 かぶりを振って悶えよがる姿を目の当たりにして、鈍器で頭を殴られたかのような衝撃。ひとりでに前後運動を繰り返す腰から脳へ送られる極彩色の信号。止まりかけた意識を、止まらない嬌声が引き戻す。

「ひぁ、あ、あぁーっ♡あっ、あ♡♡おしり、ひろがって、ぅ♡♡んっ、あ、ふかいとこ、きちゃ♡あッ♡あぇ、え♡♡」

 僕こそ初めてで余裕も何もないはずなのに、目の前でこんなに乱れられちゃあ逆に冷静になるというか。お尻ってそんなに気持ちいいんだ、なんて他人事みたいに思いながらやわい肉を穿つ。ねぶり尽くすような内側の動きに喉を鳴らし、引き攣った笑い声が出る。だって、あの長谷部先生が、僕に抱かれて、こんなにも淫らに。

「……あは、僕……っ、せんせいと、セックス、しちゃってる、っあ、やば、その顔」

「ふやああ♡♡あぅ、おれ♡生徒と、こんな……っ♡♡だめ♡だめなのに、きもちぃ♡あん♡♡んっ♡んぅ……っ」

 いけないことをしている自覚が生まれたか、口許に突っ込んだ指を噛んで声を抑える。ひくひくと後ろが締まり、その度に情けなく揺れかける腰を気合いで制する。

「だあめ。傷めちゃったらどうするんですか」

「ひあ♡やだ♡こえ、でちゃ……あ゛♡こんな、はぅ、う」

「我慢しなくていいの。気持ちいいんだったら、ちゃんと教えてほしいなあ、って」

「んっ♡あ♡ああっ♡♡きもちい♡♡ぎもぢ、ぃ、っひ♡中、こすれて♡あっ、生ハメ、いいっ♡好き♡♡……んぁ、キス、したい、んっ♡こっち♡♡」

 甘えた声で呼ばれ、抱き合って口付けを交わす。上からも下からも卑猥な音がして、酸欠みたいに頭がくらくらしてくる。

「んちゅ、うぅ、う♡んむぅ♡♡じゅる♡♡……んっ♡あ、はぁ、っう♡んーっ♡ぷは♡♡ぁ、もういっかい……ぁ♡あ、んっ、んふ、ぅ♡♡」

「……っは、ぁ、今までもこうして、いろんなひと相手に尻尾振って媚びてたんですか? ほら、答えて。"Say"」

「んあ♡♡ぁ、あぁ……っ♡そう、れす♡おれ、きもちいのひゅき♡だからぁ♡♡あひ♡♡それ、はげし♡♡っひ、あ♡♡おちんぽ、ほぉッ♡♡♡んぉ♡♡」

 自分で訊いたくせにものすごく腹が立って、力に任せて腰を打ち付けてみる。ばちゅばちゅと鳴る下品な音にも構わず奥を割り開く。のけぞる体を抱きすくめ、自分の形を覚え込ませるように、何度も、何度も。

 頭に直接変な毒でも流し込まれたみたいに、正常な思考が肉欲に押し潰されていく。あがる悲鳴さえ燃料に、昂る凶器を突き立てる。

「んひッ♡♡あ゛ぁ、あ♡やっ♡やらぁ♡♡それ、やば、あっ」

「はっ、はーっ、先生、きもちいい、です、ね? んっ、もっと、激しいのが好き? じゃあ、こうやっ、て……!」

「ひああぁ♡♡あ、おひり、びりびりしゅる、ぅ♡♡……ひッ、いき、できな、しょくら、きり、そこ、あ、まって、それ、やだ、ぁ——っ、"Freeze"!」

 背中から冷や水を浴びせられたような心地がして、振りたくっていた腰が止まる。なるほど、少なくとも僕がその言葉をストップサインと認識している限り、我を押し通すことはできないらしい。

「っ、せん、せい」

 じくじくと襲う甘ったるい快感。僕を咥え込んだままの後孔が不規則に収縮を繰り返す。

「あ……ぁ、でた、んっ、まだ、せーえき、くる、あぁ♡きもちい♡はぁ……っ♡♡」

 あっあっと小さく喘ぐ先生の中心からは白く濁ったとろみのある液体がとめどなく流れ落ちている。薄くシックスパックの浮いたお腹を淫靡に飾り、射精の余韻にゆるく身じろぐ。

「んぅ♡いっぱいでた、ぁ♡オスイキきもちい♡……あ、おなか、どろどろ♡ふふ♡」

 自分の出したものを指ですくって弄び、満足げに息をつく。ずるりと僕を体内から追い出したかと思えば仰向けに押し倒されて、馬乗りになった先生がいたずらっぽく微笑む。衰える気配のない屹立を後ろ手に掴み、みずから腰を浮かせて飲み込んでゆく。

「あっ♡ん♡ん〜〜っ♡♡太くて、かったい……♡んひ♡いいとこ、あたって♡あは♡きもちぃ、だろ♡なあ♡♡」

 にへら、とだらしなく笑うと両手に指が絡まって、好き勝手に僕を使って淫蕩にふける。ひっきりなしにあがる高い声が心地よくて耳障りで、わけもなく募るいらだち。違う、逆だろ。僕があなたを喜ばせてあげないと。今は——今だけは、僕があなたのDomなんだから。

「あ゛ひ、ッ♡♡こし、とまんな、ぁ♡あは♡ぁ、おまえも、すきにして、いいぞ♡おら♡♡」

「っ、先生」

「なんだ♡まだまだ……っ、たのしませて、くれ、よ♡♡おれより、若いんだ、から——」

「せんせい、"Stay"」

 ひゅ、と喉を空気が通る音。ぱちくりとまばたきをして、数秒遅れでコマンドを理解したらしい顔が歪む。

「……っあ、なんで、なんでぇ、やだ、あぁ……っ、もっとしたい、なあ、しょくだいきり、なんで」

「だって、ねえ。また勝手に気持ちよくなりすぎてフリーズさせられちゃ困りますから」

 僕は機械じゃありませんので、とにっこり微笑んでみせる。潤む目からぼろぼろと雫が落ち、子供みたいにしゃくり上げながら肩を震わせる。

「うぅ……! ごめ、なしゃ♡ぁ、でも、こわかった、から♡あんな、おくまで、はじめて、で、んぅ……っ、あや、あやまる♡ごめんなさいする♡♡するから、はやく」

「怖かったの? ごめんね。大丈夫、怒ってないですから。ちゃんと言えてえらい、って褒めてあげたいくらい。……でも、ほら。先生、いじわるされるの好きでしょう?」

「しゅき♡♡じゃ、らい、もん♡♡こんな……っ♡あっ♡こら♡はやく、とけ♡♡くっそ♡♡あ゛ぁ……っ、はーっ、はーっ」

「恥ずかしいのも大好きですもんね。……あはは、また締まった♡ほんと、やらしいの。自分で動きたい?」

 がくがくと首が縦に振れる。乱れる息を軋り合わせた歯の隙間から漏らしながら、僕のお許しを健気に待つ姿。絶景だ。

「ひっ♡あぁ……♡おしり、むずむずする♡やだ♡やぅ♡くるしい♡♡えっちしたい、する、から……! もう、いいだろ、ってば♡あ゛ぁ、ゔ」

 泣き喚きながら弱々しく足をばたつかせて駄々をこねる。幼い仕草とやっていることの乖離にまた煽られ、湧き上がる愉悦の感情が胸を満たす。

「う……っ、うぇ、ごめ、なさ、あ……っ、まだ、だめか? あっ、なか、かゆい、〜〜ッ♡んっ、うぅ、しょくだ、きり、おねが、」

「うーん、もうちょっと……って、あはは、冗談。さっすが、かわいく我慢できましたね?」

「ひぐっ♡ほら、おれ、できた、だろ♡だから、」

「いいですよ、好きに動いて。一緒に気持ちよくなろうね♡」

「あぁ♡♡♡」

 力んだ体が弛緩して、拙い腰振りが再開される。気持ちがいい。けれど、自分の快楽を追い求めるよりも先生の痴態を眺めている方が遥かにそそる。来週また講義室で顔を合わせるわけだけど、今までと同じように話ができるかは知らない。

「あっ♡あ♡♡ぎもぢぃ♡♡おぐッ♡ごりごりってゆってる♡♡つぶれちゃ、っ♡♡あぁ、あっ、なにして、あ、まっ♡♡それ♡やああ♡へんになりゅ、ゔぅ♡」

 がつんと下から突き上げると、灼けた肉鞘がきゅうきゅうとしがみついてくる。理性や自制なんてものをとうに忘却したらしい口は、肺から押し出される叫びとも唸りともとれない声を抑えようともしない。

 腰に添えていた手を離し、靴下越しに足の裏へ指先を滑らせてみればびくりと跳ねる体。触覚にバグでも起きたのか、くすぐったさまで性的な刺激に変換されてしまうみたいだ。

「あは……っ、ほんと、えっちな体♡どこでも気持ちよくなれちゃうんですね♡もっと触ってほしい?」

「やああ♡♡も、やらぁ♡♡おまえ、の、こえ、ずるい、いぃ♡♡いぎっ♡ひ、あぁ、あ゛ーっ♡♡ずっときもちい♡あたまばかになりゅ♡♡♡んおッ♡♡ほ、おっ♡♡」

 伸ばされた手を取り、優しく撫でてやる。このひとには今、おびただしい官能を甘受する以外の自由は許されていない。僕がそうさせたからだ。他の、誰でもなく。

「——ああ、」

 理解してしまった。これが〝愛おしい〟か。

「ねえ先生、ぎゅーってしましょっか。あったかくって気持ちいいですよ」

「うん♡うんっ♡ぎゅーする♡♡……っあ、ぁ、あ゛あぁ♡はげし、い゛ッ♡♡やっ、あ゛♡♡らめ♡♡おしつけりゅのらめえっ♡♡♡は、ひっ♡♡めしゅになっちゃ♡♡おれ♡♡あ゛ぁ~っ♡♡♡」

 上体を起こした勢いで相手を押し倒し、覆い被さるように密着して何度も奥を抉る。力の入らない腕と足で抱きつかれ、もっと動いてくださいと言われているみたいだ。

「ここ、かな? ……あ、今、びくんってなった♡かわいい♡先生が女の子になっちゃうところ、見つけましたよ♡ほら♡」

「んい゛いぃぃ♡♡♡ひっ、あ、それ、そこ、やぅ♡♡っあ、あ゛〜〜ッ♡♡♡」

 大げさなくらいにひくつく体。鎖骨に歯を立てて喰らい付き、赤い印をいくつも刻む。

「あは、えらいえらい♡『Good boy』ですよ、せんせ♡」

「あっ、あ、ひ、うぅ♡うあぁ、あ♡♡ぁ……♡」

「たっくさん気持ちよくなってくれて嬉しいな……っく、やば、締まる……っ♡まだ足りないんですか、ねえ♡嫌なら……止めてくれても、いいん、ですけどっ」

 何言ってるんだろ、止まる気なんてないくせに。

「〜〜ッ♡♡あっ、あ、また♡あたま、ふわふわって、なに、これ……はぅ♡うにゅ、うぅ、ゔ♡♡んぎっ♡♡ひっ、しあーせ、おれ、あっ♡あ♡しょくらいきり♡♡いく♡ナカイキくりゅ、ひっ、あ、あ゛あぁ♡♡あ゛ーッ♡♡♡」

 ぶるぶると全身を震わせ、出すものも出さずに昇り詰める。深い絶頂に心まで委ねきり、無様に崩れたトロ顔を惜しげもなく晒す。

「はー♡ぁ、おれ、イっちゃ、あ、あっ、すご、おまえの、ナカで、びくびくって、してる♡んーっ♡」

「……っは、やば、僕も、いきそ……っ、せんせい、ここ、だして、いい? あ、だめ、でる、ごめんなさ、ぁ——」

「ひッ♡♡♡」

 きゅんと中が狭くなり、貫くような刺激の奔流が下腹から背骨を駆け上る。どろりとした液体が尿道を通り抜ける感覚が止まらない。そういえば最後にオナニーしたのっていつだっけ、覚えてないや。あ、まだ出る。気持ちいい、待って、今更だけどゴム着けないとダメなんじゃなかった?

 ていうか嘘だろ、全然治まらない。もっと、もっとだ、まだ甘い。

 このひとの、すべてを支配してみたい。

「は……っ、あ、先生、せんせい」

 足りない。もっと欲しい。あなたの全部、残らず僕で塗り潰してやるんだ——なんて。こんなこと口に出せやしないけど、思うだけなら許されるかな?

 しどけなく開いたままのくちびるに喰らい付き、何度も吸う。溢れる嬌声、肌を伝う汗、わななく四肢。ああ、これが独占欲ってやつ?

「んむっ♡ふ、ゔぅ♡ああぁ♡♡う、あついの、いっぱいきた、ぁ♡♡はぁっ♡しゅごい♡まだ、おっきい♡♡ぁ、やだ、まって、うごくの、や゛ッ♡♡あ゛ぁ♡むり♡またきもちくなる♡♡ゔぅ♡♡♡ちゅよいの、むり、いぃ、い゛♡♡ひうっ♡おれのけつ、まんこにされちゃう♡♡おまんこ♡ひッ、ぎっ♡♡♡」

 強張った体が硬く反る。食いちぎられそうな締め付けに襲われ、呼吸も忘れて眼前の雌を犯す。

「——っ、何言ってるの、先生は元々女の子でしょう? 誰彼構わず股開いて、気持ちよくなれるならそれでいいんだ」

「ちが♡♡く、ない、けどぉ♡♡お゛ッ♡♡れも、こんな、きもひいの、しらない♡おれっ♡はうぅ♡また、おく、とんとんって、きて♡♡あっ、さっきから、いくの、とまらにゃ♡あ゛ッ♡♡おかひくなりゅ♡らめ、あっ、あ〜〜♡♡はぁーっ♡あっ、あ……♡」

「こーら、勝手に休憩しないの。……あ、かわいい、っていうのも褒め言葉ですから。ちゃんと喜んでくださいね、先生? ふふ、かーわいい♡」

「んにゃ♡♡あぁ、あ゛♡♡♡ゔぅ〜〜ッ♡♡あっ、きもちい、かあいいの、おれ♡♡あ゛♡♡うれ、し、ひぅッ♡♡やら♡♡めすちんぽさわるのやらあ♡♡いぐッ♡♡またいっちゃ、あっ、くる、きもちいのでりゅ♡♡うぅ、ゔ♡♡♡ひっ、あぁ、あ♡とまらにゃ、らめ、やら、あ、みるな♡みるなぁ♡♡あ゛あ゛ぁ♡♡♡」

 イキ潮を撒き散らしながら吼える先生。たまらない。一瞬も目を逸らすことなく焼き付け、手にかかった飛沫を舌で拭う。

「おもらししちゃったの、せんせ♡へーえ、男のひとでも潮吹きできちゃうんだあ……♡ねえ、ほら、びしゃびしゃになってる♡見られて嬉しくなっちゃった? ふふ♡おめめとろーって♡きもちいですねえ♡♡もう、ほんっと、かわいい♡」

「ふや♡あぁ、あ゛♡はぁ……っ♡あっ、あ」

 なんとも思わなかった言葉にさえいやらしく反応する体へ。僕の声で躾け、刷り込み、染め上げてゆく。

「ふぇ、うぅ♡も、むり、はずかしいの、やらあ♡あっ♡も、でない、からぁ♡っう、ぐず、んぅ」

 なんて言いつつも惰性のように揺れる体。きゅんきゅんと大喜びで僕のものを食い締めるお尻に説得力など皆無だ。

「腰振りながらお願いされてもなあ。本当に嫌ならどうするんでしたっけ?」

「なっ、あ、そん、そんなの♡わかってる、だろ♡あっ♡だめ♡んあッ♡また♡おちんぽしゃまでずぽずぽされちゃう♡♡おれ♡だめになっちゃ、あぇ゛♡♡」

 がり、と背に爪が立つ。ダメになっちゃえばいいのに。

「ここでやめちゃう? 僕は……もーっと、先生のかわいいとこ、見てたいなあ、って」

「んお゛♡♡やめ、っ、ゔ♡んぅ、それ、ゆっくり、うごくの、やあ……っ♡はぁっ♡あぁ、あ」

「セーフワード、ちゃんと約束しましたよね? 覚えてる?」

「ふぅ〜〜ッ♡♡やら♡とまるのやらっ♡♡きもちぃ、まだ……っ、まだ、たりない♡♡もっと♡♡あっ、しきゅーのとこ、ごつごつって♡♡きもひぃ♡♡い゛ッ♡ゔぅ♡♡ん、こし、とけりゅ、うぅ♡ゔ♡♡」

「もー、やっぱり満足できてないじゃないですか。ほんっと、欲張りさんなんだから♡ほら、遠慮なんていりませんよ、僕にどうされたいって?」

 息も絶え絶えに僕を見返し、淫らな笑顔が花開く。

「うぅ、あ♡もっと♡おれのこと、もっと、ぐちゃぐちゃにして♡♡もどれなく、してほしい♡♡ね、きもちいの、ちょうだい♡しょくらいきりのおちんぽ♡♡しゅき♡♡ふふ♡んーっ♡」

「……ッ、くっそ、先生がこんっなにかわいいひとだなんて、知りませんでした、よっ! あっはは♡なんて声出してるんです、かっ♡♡おらッ♡♡生徒相手にひっどいアクメ顔晒して、女の子みたいにきゃんきゃん喘いで♡ほんっと、どうしようも、ないんだか、らっ♡♡」

 ばちゅん、と肌同士がぶつかる。もはや交尾の様相だ。

「まっ、な、あ、それ、そこ♡♡ひぐっ、ごぇ、らしゃ、あ゛ぁ♡♡おぇ゛♡♡♡おれ♡♡どうしようもなくてっ、いんらんなめすでごめんらしゃい♡♡あぁっ♡♡ぎもぢっ、ひいぃ、い゛っ♡♡あ゛♡♡♡やめ♡♡こわれ、ごわれりゅ、がらぁ♡♡あ゛あ゛ぁ゛♡♡♡」

「あっはは♡おもらし止まんなくなっちゃった♡エッロいの♡♡……ま、やめてやるつもりなんて、ありません、けどっ♡んっ♡ああもう、みっともない顔♡かわいすぎ♡♡僕とえっちするの大好きなんですもんね♡♡お望み通り、ぐっちゃぐちゃに、ぶっ壊してやります、からっ♡」

「んひ⁉♡♡ぃ゛、あ、まて、おく、それいじょ、ゔッ♡♡むり♡やだ♡ぁ、やだっ♡♡あ♡わかった♡もういい♡♡きもちいのほしくない♡♡も、ほんとにっ、こわれちゃ♡あ゛ァ♡♡〜〜ッ♡♡ひ、ぁ……♡♡♡」

「ほぉら♡へばるな♡♡もっともっと、僕でっ、気持ちよく、なっちゃえ♡♡♡あっは♡♡まだまだ……っ、逃がしませんので♡覚悟し、ろ゛ッッ♡♡♡」

「ん゛みゃあああぁぁ♡♡♡」

 

 

    ◆ ◆ ◆

 

 

「はめやがったな、お前。初めてだなんて、俺を喜ばせるための嘘だったんだろ」

「確かにハメはしましたけど」

「そういう意味じゃない」

 シャワーを浴びる余力すら使い果たした僕たち。湿ったベッドの上でだらだらと寝転がりつつ、こちらに恨みがましい目を向ける先生はなおもごちる。

「絶対嘘だ……この俺が、あんなつもりじゃ、くそ、なんなんだお前……!」

 なんなんだと言われましてもだ。そっちが勝手に盛り上がったんでしょう、なんて返せば火に油だろうけど。

「あの、掛け布団独り占めしないでください。寒い」

 無言のまま蹴り出された布団が汗の引いた体にかかる。お行儀が悪い。

「ねえ先生、ピロートークってこういうものなんですか。なんかもっと、こう……」

「なーにを夢見てる。殊勝な態度で甘えてくるとでも思ったか」

「さっきまで散々もっともっとって甘えてきたくせに」

「口の減らん奴だな貴様……」

 わあ恐い、でも恐くない。何度交わっても足りないと泣いて続きをせがむかわいい姿を知ってしまった後だと、大抵のことは笑って流せてしまう。

「……まあ、その、すまん。全体的に見苦しかったろう。けれど、これが俺たちSubって生き物だから、そういうものなんだと受け入れてもらえると助かる」

 シーツに顔を埋めながら、きまり悪そうにもぞもぞ。掠れ声がまた色っぽい。

「ダイナミクスのマッチングシステムなんてものがあるの、調べて初めて知りました。……慣れてるんですね」

「特定のパートナーなんて作っていなかったからな。たまにこうして発散してたって、それだけだ」

「出会いがなかったんですか?」

「やかましいわ」ぎりりと脇腹をつねり上げられる。「くそ、全然無駄肉ついてないなお前。腹立つ」

「先生だって似たようなものじゃないですか」

 むにむに皮下脂肪をつまむ手と額にデコピンが飛ぶ。大げさに痛がる僕、毒気のない笑い声。ほんと、大学で接している時とはまるきり別人だ。

「後腐れなく遊ぶのには邪魔でしかないだろ。……なんだよその顔。自ゼミの教授がこんな男で幻滅したか?」

「いえ、むしろ——」

 とっさに口をつぐむ。言葉の続きを気にしているみたいだけど、正直に「死ぬほど興奮しました」などと言えるはずもない。

「ありがとう、ございました……?」

「なぜ礼を言う……?」

 二時間前の僕に「男で童貞捨てることになるよ」なんて言えば全力で遠慮申し上げていたことだろう。最高だったわけだけど。

「だって、その、すっごくいい思いできちゃいましたし、なんだか、大人の男にしてもらえた、みたいな……」

 しどろもどろの僕に釣られたか、先生のほっぺもじんわり染まる。

「お……俺も、こんなに、その、よかったことがなくて、自分でも、混乱しているというか」慎重に言葉を選ぶような語り口で続ける。

「やばい、と思った。初めてだった。たった一声で、骨の髄までお前のものにされたみたいな、あんなの、俺は、知らない」

 かくりと首を折り、手で顔を覆う。真っ赤になった耳や首筋が丸見えだ。

「……はあ。ひとつ忠告しておく。お前、Domとしてかなり強い方だぞ。気をつけろよ、この先」

 どういうことですか、と口を開きかけて思い当たる。あの時確かに感じた「目の前のSubを支配したい」という抗いがたい欲は、今までの人生で一番激しい衝動だったかもしれない。

「俺も……悪かった。普段ならもう少しブレーキが働くはずなんだが、自分が自分でなくなったみたいで、わけがわからなくなって。……気持ちよくて幸せだったことは、覚えてるんだが」

 一人で納得したように何事か呟き、体にかかったシーツを名残惜しそうに剥ぐ。

「そうだ、金……払わないと、な」

 そんな約束だったっけ。すっかり忘れていたなあと素っ裸のまま鞄を漁る背中に声を投げる。

「先生」

「なんだ」

「お金、いいです。いりません。……その代わり、また相手してほしいかな、なーんて……」

 ぴしっ、と音まで聞こえてきそうな勢いで凍りつく先生。

「……正気か?」

「気の触れた顔してます?」

 酸欠の魚みたいに口をぱくつかせ、そのまま固まっていたかと思えば財布に収まっていたお札を乱暴に引っ掴み、ぐいと胸に押し付けてくる。

「足りないか? だったら今からATM行って下ろしてくる。いくらだ?」

「待っ……なんですかこれ、だから、お金なんて」

「違う、これは今日の代金じゃない。俺がお前にツバ付ける分だ」

 いいから受け取れ、と有無を言わせずに結構な量の紙束を握らされる。突き返す僕、突っぱねる先生。漫才のような押し引きの末、敗者の僕は全裸でくしゃくしゃになった紙切れを片手に立ち尽くしている。

「っは、くそ。なんだそれ、お前が言うなら、俺は従うしかないじゃないか」

 ぱたんとベッドに倒れ込み、もぐらになってしまう。唸り声のようなものが布団の隙間から聞こえてきたかと思えば、ふて腐れたような顔だけが布から生えてくる。ちょっと面白い。

「……契約、しようか。お前がしたい時は俺が相手になるから、だから、他のSubとは会うな。俺っ、俺だけのDomで……いや、すまない、お前の気持ちも尊重しないと。今のは忘れ——」

「いいですよ」

「ふぇ?」

「そんなかわいい顔されちゃ、頷くしかないですって。その代わり、先生も僕以外と会っちゃ嫌ですからね。自分で言うのもなんだけど、怒る時はちゃんと怒るタイプなんで」

 迫力ないかもしれませんけど、と付け加える。一生僕だけの先生でいてくださいっていうのが本音だけどさすがに重すぎるだろうと自重した僕、えらい。

 じわじわ喜びが込み上げてくる。俺だけのDomって、一瞬でもそう望んでもらえたのが嬉しくて嬉しくて、あ、ダメだ、にやけちゃって止まらないや。

「それ……は、もちろん……え、いいのか、本当に?」

「いいも悪いも、ファーストキスも童貞も、ぜーんぶ先生が持ってっちゃったんですから。しっかり責任取ってもらわないと」

 ねっ、と歯を見せて笑い、隣に腰を下ろして寄りかかる。重い、なんて抗議の声さえ甘く響いて、緩んだ顔の締まらないこと。

「は、お前、キスって、嘘だろ、というかそもそも二十歳なんて酒が飲めるだけのまだまだガキンチョじゃないか。それを俺は、こんな、はぁ……」

「先生、お金返します」

「ああ、うん、もう、好きにしろ……」

「どうしてもって言うんだったら単位で——」

「やらん‼」

 こほん、と咳払い。背を叩かれ、思わず姿勢を正す。

「お前は卒業できるから、とにかく最後まで諦めずに書け。妥協はするな」

「え……でも、僕、いつもダメ出しばかりで」

「そこらの院生なんかよりよっぽど出来がいいんだ」

 ほぇ、と間抜けな声が出る。

「押さえるところはしっかり盛り込んであって、考証も筋道が通ってる。資料の読み込みも申し分ない。文字数超えたから……なんてやっつけ仕事じゃない、本気が見たいと思って、辛めに添削してたんだ。……言いたいこと、わかるな?」

 相当頭の悪い顔をしていたのか、ぶは、と色気のない笑い声。

「ああもう、特別期待してるってことだ。だから、頑張れ」

 ぐしゃぐしゃ髪をかき混ぜられて、胸の真ん中がじわりと熱を帯びる。褒められるって誰にとっても嬉しいんだって当たり前のことを教えてもらって、僕の先生がこのひとで良かったなあ、なんて。

 黙りこくる僕に怪訝そうな顔をして、よっこらしょとだるそうに腰をさすりながら立ち上がる。ライターと灰皿を手に戻ってくると僕の隣に座り直し、咥えていた煙草に火が点る。けむい。

「……ふっ、ふふ」

 けれど、不思議と嫌じゃない。

「なんなんださっきから。腑抜け面にもほどがあるだろ」

「ねえ先生、抱きしめてもいい?」

「はあ? 媚びても添削は甘くならんぞ」

 くすくす笑い、両の腕に力を込める。満更でもなさそうな顔に見えたのは、気のせいなんかじゃないはずだ。

 

 その後「お前になら痛くされるのも嫌じゃないかもしれない」なんて謎のカミングアウトを受けたり、先生の元遊び相手が包丁片手に殴り込んできて本気で生命の危機を感じたり、初任給で買った首輪を贈ったら大泣きされたりと色んなことがあったけれど、その辺りの話はまた、いつか。

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